孤独死で発見が遅れた場合、周囲のダメージを原状回復するために「特殊清掃」が必要になる。異様な臭いが漂う現場を、黙々と片付ける作業員たちは、どのような思いを抱いているのか。高級マンションの一室で特殊清掃を手がけたケースを紹介しよう――。(連載第19回)

※本稿は、笹井恵里子『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中央公論新社)の第5章第3節「死後を片付ける思い」を再編集したものです。

「死後数週間の遺体」は警察が運び出したが……

マンションに一人暮らしの60代男性が浴槽内で亡くなったという。近くに住む内縁の妻の依頼で救急隊が踏み込み、死亡した男性を発見、警察が遺体を運び出した。死後、数週間は経過したとみられている。その浴室をきれいにしてほしいという親族からの依頼であった。これを「特殊清掃」という。

男性宅の様子。洗い上がりのワイシャツがきれいに整理されていた。
撮影=笹井恵里子
男性宅の様子。洗い上がりのワイシャツがきれいに整理されていた。

特殊清掃とは、遺体の腐敗でダメージを受けた場所の原状回復をする清掃作業のこと。資格がないため誰でも始められるが、現場の状況によって使用する薬剤が異なり、ある程度のノウハウが必要な仕事である。時にゴミ屋敷現場以上に臭いがきつかったり、危険な作業も含まれるため、あんしんネットでは基本的に社員しか携われない。

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現場は、駅から徒歩3分ほどの場所に位置し、一目で高級マンションであることがわかるような外観だった。死亡した男性宅はそのマンションの最上階に位置する。高層階ではないものの、エレベーターをおりて共用廊下に出ると、街が一望でき、爽やかな風が流れていた。しかし玄関ドア付近に立つと、「死臭」が漂ってきた。

ベテラン作業員も即座に「防臭マスク」に付け替える

生前遺品整理会社「あんしんネット」の作業員である大島英充さん、溝上大輔さんが、先に現場の状況を見にいくという。大島さんは通常のマスクを外し、業務用の防臭マスクを装着する。溝上さんも付けるよう促されたが、「これで大丈夫」と通常のマスクのまま中へ。

生前遺品整理会社「あんしんネット」の作業員・大島英充さん。事故防止のため防護服に身を包んでいる。
生前遺品整理会社「あんしんネット」の作業員・大島英充さん。事故防止のため防護服に身を包んでいる。(撮影=笹井恵里子)

開け放れた玄関からは、まともに嗅いでいられない異様な臭いが漂う。

事業部長の石見良教さんの言葉を思い出した。

「浴室のバスタブで亡くなるケースは、浴槽内の水を警察などが抜いてしまうことが多いんです。そうなると臭いの被害が広まってしまい、後の清掃が大変となります。今回は特殊薬剤をお湯に溶かして、配管内の汚れを落とさなければなりません」

大島さん、溝上さんが顔をしかめながら外に出てきた。あれほど「これで大丈夫」と言っていた溝上さんが、即座に防臭マスクに付け替える。そして私に対しても、このマスクに代えたほうがいい、と繰り返す。

「気分が悪くなられても大変なので……」