※本稿は、笹井恵里子『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中央公論新社)の第5章第3節「死後を片付ける思い」を再編集したものです。
「死後数週間の遺体」は警察が運び出したが……
マンションに一人暮らしの60代男性が浴槽内で亡くなったという。近くに住む内縁の妻の依頼で救急隊が踏み込み、死亡した男性を発見、警察が遺体を運び出した。死後、数週間は経過したとみられている。その浴室をきれいにしてほしいという親族からの依頼であった。これを「特殊清掃」という。
特殊清掃とは、遺体の腐敗でダメージを受けた場所の原状回復をする清掃作業のこと。資格がないため誰でも始められるが、現場の状況によって使用する薬剤が異なり、ある程度のノウハウが必要な仕事である。時にゴミ屋敷現場以上に臭いがきつかったり、危険な作業も含まれるため、あんしんネットでは基本的に社員しか携われない。
現場は、駅から徒歩3分ほどの場所に位置し、一目で高級マンションであることがわかるような外観だった。死亡した男性宅はそのマンションの最上階に位置する。高層階ではないものの、エレベーターをおりて共用廊下に出ると、街が一望でき、爽やかな風が流れていた。しかし玄関ドア付近に立つと、「死臭」が漂ってきた。
ベテラン作業員も即座に「防臭マスク」に付け替える
生前遺品整理会社「あんしんネット」の作業員である大島英充さん、溝上大輔さんが、先に現場の状況を見にいくという。大島さんは通常のマスクを外し、業務用の防臭マスクを装着する。溝上さんも付けるよう促されたが、「これで大丈夫」と通常のマスクのまま中へ。
開け放れた玄関からは、まともに嗅いでいられない異様な臭いが漂う。
事業部長の石見良教さんの言葉を思い出した。
「浴室のバスタブで亡くなるケースは、浴槽内の水を警察などが抜いてしまうことが多いんです。そうなると臭いの被害が広まってしまい、後の清掃が大変となります。今回は特殊薬剤をお湯に溶かして、配管内の汚れを落とさなければなりません」
大島さん、溝上さんが顔をしかめながら外に出てきた。あれほど「これで大丈夫」と言っていた溝上さんが、即座に防臭マスクに付け替える。そして私に対しても、このマスクに代えたほうがいい、と繰り返す。
「気分が悪くなられても大変なので……」