気持ちがいいと感じたまま意識レベルが低下する

調査は東京都、山形県、佐賀県で、脱衣所や浴槽、洗い場など入浴に関係した場所から119番を要請した4593件を対象に行われた。調査結果では死亡した1528人のうち浴槽の中での死亡は1274人と大半を占めていたが、まさかその記事を発表して2カ月後に、実際の死亡現場を目にすることになるとは……。

取材時、鈴木医師は「入浴事故の一番の予防法は、一人で入らないこと」と言っていた。

「入浴すると最初は『気持ちがいい』、体温が上昇して徐々に『暑い』、やがて『苦しい』と時間の経過とともに体への負荷が増していくはずですが、高齢者は暑さに対する感覚が鈍く、気づいた時にはすでに体温が上がって熱中症を発症している可能性が高い。気持ちがいいと感じたまま意識レベルが低下する、あるいは脱力して、風呂から出られない状態になって溺れてしまうのでしょう」

今回はゴミ屋敷ではないが、物があふれる家の浴室での死亡例はしばしばある。「ゴミ屋敷」に住んでいると、「周囲から孤立」していて、「入浴中の死亡事故」につながりやすく、「死後も発見が遅れる」のだろう。

何重にもしたマスクを通り、臭いが脳に伝わっていく

作業は、大島さんが浴室に一人で入り、浴槽の手前のフチについた体液や血液を薬剤をかけながらタオルでふきとっていく。私は浴室の入り口に立ち、タオルを渡しつつその模様を見学した。

浴槽内の汚れをタオルで拭き上げていく。
撮影=笹井恵里子
浴槽内の汚れをタオルで拭き上げていく。

普段の生活では絶対に嗅ぐことのない臭いが、何重にもしたマスクを通り、脳に伝わっていくのがわかる。気を緩めると嘔吐しそうになった。

「皮膚がこびりついて取れないんですよね……」

大島さんがつぶやく。

私の背後では溝上さんが、洗面所の水を流しながら脱衣室にある歯磨き粉や頭髪製品、掃除グッズなどの液体類を廃棄していた。香りがあるシャンプーやリンス、液体の石鹸なども流していくので、その場の臭いが少しだけ和らぐ。

男性が使っていたらしい「香水」があった。

「シャネルですよ」

それも溝上さんがどぼどぼと流していく。通常なら香水を大量に流されたら頭が痛くなるだろうが、この場では「やっと息ができる」救いにも思える。