※本稿は、笹井恵里子『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中央公論新社)の第3章第2節「周囲の強制撤去」を再編集したものです。
35年ほど前から一人で暮らしていた69歳の女性
「昨日、あの人が鍵を持って『お世話になりました』って来たのよ。それで『このゴミ部屋を片付ける費用を誰が払うの?』って言ってやったのよ」
大家が涙目になりながら、私にそう話してくれた。生前遺品整理会社「あんしんネット」の作業員として片付けた中、唯一、ゴミ部屋を管理する大家に直接話を聞けたケースである。
ここは駅から徒歩5分、高級住宅街にある3階建ての鉄筋コンクリートマンションだ。
1フロアに2室あり、問題の部屋は1階の1DKで、69歳の女性が一人で暮らしていたという。40年前にこのマンションが建ち、35年ほど前からその女性は住んでいたというから、居住者は30代からずっとここに一人で暮らしていたということになる。
大家は80代女性で、そのマンションの隣に戸建てを構えていた。
「最初はお勤めしていたし、月額8万円の家賃も、毎月きっちりお支払いしてくれていたのよ。それが令和になった頃から、全く支払わなくなって……。私は自分で家賃を払ってほしいという趣旨のお手紙を書いて、玄関ドアにはさんでおいたの。そうするとしばらくして、ポストに5万とか3万とか入っていることもあったわ。でもこの頃はまるっきり入らなくなって。どうも勤めていた会社が倒産してしまったらしいのよ。歳だから雇ってくれるところもないんでしょう。それで私もだんだん期待しなくなって、もう(家賃督促の)手紙を入れるのさえやめてしまったの」
初めて女性の部屋の中を見て、仰天した
ところが今年1月2日の夜、正月早々に、その女性が1階の共有廊下、自分の部屋の玄関近くに座り込んでいたという。
「たまたま見かけたので『どうしたの?』って声をかけたら、『大丈夫ですから』と言うので、私もまた自宅に戻ったの」
しかしそれから4日後、今度は朝の6時半頃に外から「うー、うー」といううなり声が聞こえた。
「外を見たら、またあの人が今度は横になっているじゃない。これは大変だと思って救急車を呼んだの。救急隊はその人を連れていって、警察や役所の人がたくさん来て、でも私に聞くだけ聞いたら、どの病院に運んだのかさえ教えてくれない。『たとえ大家さんでも個人情報ですから』って言うのよ」
大家はそこで初めて、女性の部屋の中を見た。天井に迫るほどの勢いでぱんぱんにゴミが詰まっており、仰天したという。ベランダ側から見ればやはり窓がゴミで埋まっているのだが、ゴミ部屋を見たことがない人は、中の状態にまで思いが至らないことが多い。