本が売れても人生は変わらないが…

そんなベストセラーとなっている渦中、とある用事で養老先生と会い、エレベーターの中で二人きりになったことがある。

一瞬沈黙があったが、「先生、本が売れて、人生変わりましたか?」と聞いてみた。養老先生は「もう年寄りだし、何も変わらないよ」と言った。もちろん、何も変わらないはずがない。自分が目にし、耳にする範囲でも、養老先生への世間の眼差しは(輝くほどに)変わった。

しかし、エレベーターの中で口にした「何も変わらないよ」という言葉そのままに、そう言った養老先生は、少しも浮かれたところがなかった。それは謙遜してそう口にしたというより(そもそも、養老先生が自分に対して謙遜する必要もない)、本当にそう思っている雰囲気だった。何も変わらないよ、と。

ただ、エレベーターを出て、外を歩いているとき、ぼそっと、こんなことを口にした。

「子供の頃、母親に言われたんだ。お前は長生きすると、良いことがあるから、長生きするように、と」

そう言った養老先生は、やはり本が売れて嬉しかったんだと思った。本が売れたことは「良いことだった」と思っていたのだ。

養老先生は上司としては「ノーサイン」の人

そして、養老孟司は、『バカの壁』に続いて、三部作ともいえる『死の壁』、『「自分」の壁』を、『バカの壁』の作り方と同じく、編集者(後藤裕二さんという)に聞き取りで文にしてもらう。

「自分で書いてもいいわけですが、同じ話でも、一度他人の頭を通すと、わかりやすくなることがあります。」(『「自分」の壁』、222ページ)

当たり前のことをさらっと書いているようだが、ここに養老の凄みがある。つまり、その本のタイトル通り、「「自分」の壁」を超えているのだ。

養老先生を横から見ていて、もしかしたら「いい加減」と思われかねないな、と思えることがある。たとえば、ある企画が持ち込まれたとする。それをとくに考えずに引き受ける。本のタイトルを誰か(編集部とか)が決める。それを丸呑みして、とくに意見は述べない。

あるとき、「養老先生は、どんな上司ですか?」と聞かれたことがある。改めて考えてみて、その頃に話題だったイチロー選手と仰木彬監督の関係における、仰木監督に似ているなと思った。イチロー選手のあるインタビューを見ていて「仰木監督は、どんな上司?」という質問に、イチロー選手が一瞬考えて「ノーサインの人です」と言っていた。

つまり監督というのは、試合の状況に応じて、選手に指示を出すのだが、イチローには、一切、サインを送らない。たとえばノーアウト一塁の状況で、送りバントをしろとか、ライト方向にゴロを打てとか、ツーストライクになるまで待てとか、そういうことは一切指示しない。すべてイチローに任せ、ノーサインなのだという。

養老先生を仰木監督に喩えると、自分がイチロー選手に該当することになってしまい、説明の仕方がおかしくなるが、ともかく「上司」のあり方について言えば、養老先生も同じく「ノーサイン」の人なのだ。