なぜ『バカの壁』(新潮新書、2003年)は400万部を超える大ヒットになったのか。養老孟司氏の助手であった解剖学者の布施英利氏は「『バカの壁』では、執筆を編集者にまかせるという実験的な手法を取り入れていた。あえてひとに任せることで、“自分の壁”を超えたのだろう」という——。

※本稿は、布施英利『養老孟司入門』(ちくま新書)の一部を再編集したものです。

インタビューに答える解剖学者の養老孟司さん=2016年3月3日、神奈川県箱根町
写真=時事通信フォト
インタビューに答える解剖学者の養老孟司さん=2016年3月3日、神奈川県箱根町

「この本は私にとって一種の実験なのです」

バカの壁』の冒頭のページに、いきなりこんなことが書かれる。

「いってみれば、この本は私にとって一種の実験なのです。」(『バカの壁』、3ページ)

いったい、どんな実験がされるというのか。それは本の作り方、文章の書き方に関する実験なのだが、ともあれ、他の本とは作られ方が違う。この『養老孟司入門』では、養老孟司の著作の中で「書き下ろし」で書かれた本を取り上げる、という方法を取っている。

それは、かつて養老先生が『形を読む』を書き上げたとき、先生が口にした「やっぱり、書き下ろしの本は良いな」という言葉が強く記憶に残っており、そんな視点で先生の書き下ろしと他の著作を読み比べてみることにしたのだ。書き下ろしの本には、ひとつの「小宇宙」ともいうべき、体系だった秩序と世界観でまとめあげられた思考がある。

しかし二冊だけ、つまり第二章の『唯脳論』と、この第五章で取り上げる『バカの壁』だけは、別の重要さから選ぶことになった。つまりこの二冊は、書き下ろしではないが、特色ある主張があり、やはり養老孟司を論じるに当たって外せない、と考えたからだ。

とくに『バカの壁』は、養老の著作の中でも桁違いのベストセラーになった。なんといっても代表作だ。しかしそれだけでない。この本には、その作り方に一つの「実験」とも呼べるやり方があって、それもまた重要なことなのだ。

その実験とは、なにか?