安倍晋三首相は一部から「強権的だ」「独裁者のようだ」との批判を受ける。そのひとつに2013年の「国家安全保障会議(日本版NSC)」の設置がある。その目的は安全保障上の懸案事項に首相の主導で対処することだからだ。しかし元内閣官房副長官補の兼原信克氏は「そうした批判は戦前の過ちを無視している」という——。

※本稿は、兼原 信克『歴史の教訓 「失敗の本質」と国家戦略』(新潮新書)の一部を抜粋・再編集したものです。

国家安全保障会議が開かれる首相官邸
写真=北村/PIXTA
国家安全保障会議が開かれる首相官邸

いつ「有事本番」が起きてもおかしくない国際政治の現実

世界がコロナ対策に気を取られている最中、尖閣諸島では中国の活動が活発化している。5月に入って連日、日本の領海への中国船の侵入が続いており、中国公船が日本の漁船を追尾する事案も発生している。

もちろん、中国船の日本の領海への侵入はそれ以前からも続いていたのであるが、最近になって活発化しているのは、3月に米原子力空母「セオドア・ルーズベルト」の艦内で新型コロナウイルスの感染者が発生し、太平洋上での監視活動の一時中断を余儀なくされたことも関係していると見られる。

国際政治において、「力の空白」が発生すると、すぐにそれを埋めようとする勢力が現れるのは、世界中を覆うパンデミック(疫病の世界的大流行)の最中でも全く変わらない。

シビリアン・コントロールの要としての国家安全保障会議

私は、第2次安倍政権における外政担当内閣官房副長官補として、2014年に発足した国家安全保障会議と国家安全保障局の立ち上げに関わり、初代の国家安全保障局次長を兼務して、通算7年の歳月を総理官邸で過ごした。

安倍晋三総理は、集団的自衛権行使の是認を始めとして、戦後史に残る大規模な安全保障制度改革を成し遂げた。国家安全保障会議(日本版NSC)の設置は、その諸制度改革の要の一つである。

その間、一貫して私の脳裏を離れなかったのは、有事の本番で国家安全保障会議が本当に機能するのかどうか、という一点であった。

国家安全保障会議は、外交、政治、財政などの政府の仕事と、総理直轄となる軍の作戦指揮を総合調整する政府最高レベルの会議であり、日本のシビリアン・コントロールの要である。太平洋戦争中、東条英機内閣の下にあった大本営政府連絡会議や、小磯国昭内閣下の最高戦争指導会議に比肩すべき組織である。