巷にあふれる優越感と羨望がないまぜになった外国バッシング本ではない。本書はアメリカがどれほど愚かな人々が住んでいる国なのかを、居住者の立場で半ば呆れながら描いている本だ。
まず序章で紹介するのはNBCの人気番組「トゥナイト」のひとこまだ。司会が街頭で通行人にクイズを出す。北京オリンピックの最中に開催国を聞くと「アメリカ? ……じゃないのね……」と自信がない。オリンピック発祥の地を尋ねるとまたしても「アメリカ?」と聞き返す始末だ。回答したのは、白人女性で教育学を専攻している大学生だった。
著者はこの愚かさの根底には「無知こそ善」という思想があると説明する。このアメリカ的反知性主義の原因のひとつにキリスト教福音主義の存在がある。聖書に書いてあることが唯一の真実だとする思想だ。そのため、アメリカ人の2割は天動説を信じているというから驚く。中世に逆戻りしつつあるのだ。
じっさい、生物の授業で進化論と創造論のどちらを教えるかを選択制にしている中学・高校も少なくない。創造論とはもちろん天地創造のことだ。
第1章ではその暴走する宗教のエピソードを紹介する。子どもを洗脳するためのキャンプではパンク音楽を流しながらブッシュの等身大の写真を拝ませる。しかも人間は神が創つくった万物の長だから、自然を利用しつくす権利があると教育する始末だ。アメリカが先進国で唯一、京都議定書から離脱している理由がここにある。
アメリカではカソリックも負けてはいない。カソリック教会は1950年からの54年間で5000人の神父が1万2000人の未成年者に性的虐待を加えたことを認めている。
続く各章では戦争や格差社会、政治とメディアが次々と取りあげられる。驚くべきことに、世界最大の売上高を誇る小売業、ウォルマートの従業員の8%は生活保護を受けている。そもそもアメリカには国民健康保険がないため、5000万人が民間の医療保険にも加入できず、年間2万人が何の医療も受けられずに死んでゆく。
アメリカの消費者の負債総額は2007年で2兆4000億ドルを超え、期限までに支払えない率は32%にも達する。すでに貧困は中流階級にもおよびつつあるのだ。
結果として15歳の数学の成績は世界で29位、高校では3人に1人が退学する。10年における博士号取得者の7割は外国人になってしまう。
著者はそれでもアメリカには言論の自由に守られた良心的批判者が存在し、世界中から人を引き寄せる魅力をまだ維持していることなど、全く希望がないわけではないという。
アメリカは南部にはキリスト教福音主義、北部には市場原理主義が屹立する国だ。オバマは変革と統合を訴えて当選したが、この強固な2つのイデオロギーを手なずけることができるだろうか。オバマが当選するきっかけになったサブプライム問題以降のアメリカを簡潔に表現してみよう。
アメリカの数少ない誇れる産業だった金融業が崩壊した、その結果資金は回らなくなり、したがって個人消費は低迷し、かといって武器以外のモノを作る能力は低く、その軍事力も使い果たしてしまった。アメリカというパンドラの箱が開く。