70代の女性が「働きたい。お金がない」と生活困窮者の相談窓口を訪れた。話を聞くと、何年も働いていない40代の息子から経済的に依存され、暴力も受けているという。なぜこれまで支援機関に来なかったのか。愛知教育大学の川北稔准教授が解説する――。
※本稿は、川北稔『8050問題の深層「限界家族」をどう救うか』(NHK出版新書)の一部を再編集したものです。
母親の「働きたい」に隠されたメッセージ
70代の女性が、生活困窮者の相談窓口を訪れた。「働きたい。仕事がほしい」という。なぜ働きたいのかを問うと、「貯金も底をつき、お金がない」という。なぜお金がないのだろうか。「じつは何年も働いていない40代の息子がいて、お金がかかる」。この女性は息子から経済的に依存され、しばしば金銭を要求されていた。息子から暴力を受けていることも分かったという。
この場合、女性が訴えている表面的なメッセージは「働きたい」「お金がない」だが、その裏に隠れているのは「息子がひきこもっている、息子から暴力を受けている」ということだ。じつは、自立相談支援窓口に相談に来る人は「ひきこもり」という言葉を知らないことが多い。または、そうした言葉で自分のことをとらえていない人が多い。
「ひきこもり相談」という窓口があっても、ひきこもり状態にある人が自分のことを該当者だと思うとは限らない。それに対して自立相談支援窓口は「暮らしと仕事の相談センター」というような名前で運営されているところが多い。こうして間口を広くしたうえで来所、相談を呼びかけることで、より多くの対象者とつながっていく余地も生まれる。
実際に自立相談支援窓口を対象にした家族会の調査(2018)では、回答した151か所の窓口のうち、88.1%の窓口ですでに「ひきこもり」の事例に対応したことがあった。また、対応したことがある本人の年齢層では40代が最も多かった。