シウマイは「横浜の人のソウルフード」

野並はまったくの成算もなく撤退したわけではない。

当時、シウマイの売り上げだけでなく、シウマイ弁当のそれが伸びてきたこともあった。かつては売り上げの大半がシウマイだったのが今は5:5。弁当類が着実に伸びてきたので、全国のマーケットから撤退しても売り上げの減少は一時的なものと考えることができたのだった。

1996年に崎陽軒本店ビルをオープンし、結婚式、イベントなどの売り上げも計算に入れられるようになった。

こうしてシウマイ以外の売り上げが計算できたので、計画的に全国販売をやめたのである。

野並は語る。

「埼玉出身の社員が入社してきて、びっくりしたと言ったことがあります。

『社長、横浜の人は運動会があるとシウマイ弁当を頼んで食べるんですね』って。彼女は『埼玉では特定の弁当ばかり食べることはありえない』って。

確かに、シウマイとシウマイ弁当は横浜の人のソウルフードになっているんです。データを見るとわかりますよ。総務省統計局が家計調査をやっていますが、しゅうまいの消費量は毎年、横浜がダントツの1位。餃子は浜松と宇都宮が争っているけれど、しゅうまいは横浜。全国平均が1世帯で1000円強なのに横浜は2000円強(2018年調査、2人以上の世帯)。

また、餃子としゅうまいの消費量を比べてみると、全国どこでも餃子が多い。ただ、唯一の例外が横浜。横浜だけはしゅうまいが餃子を圧倒している。それだけ地元の人たちが好きなのがしゅうまいなんです。さらに言えば、この統計のしゅうまい、うちのシウマイ弁当に入っているシウマイはカウントされていない。弁当というジャンルに入っている。ですから、数字以上に地元の人たちはしゅうまいを食べているんです」

撮影=石橋 素幸
横浜工場では、シウマイとシウマイ弁当の製造ラインが見学できる(要予約)

運動会用の注文が取れる「トーク」の中身

同社の新入社員が驚いたのも当然だ。神奈川県で運動会などのイベントがあると、横浜だけでなく、川崎でも同社のシウマイ弁当が並ぶ。

食べ慣れていて、しかも、おいしいから、みんなシウマイ弁当を選ぶ。しかし、意外と知られていないけれど、同社はシウマイ弁当に関して特別のキャンセルポリシーを持っている。

「運動会のように天候に左右される催しの場合、事前に中止の可能性を伝えてもらっていれば、昔から、うちは当日のキャンセルOKなんです。朝、雨が降ったから運動会は中止。そのとき、幹事さんが当社に連絡してくれれば、キャンセル料を払わなくてもキャンセルできます。

当社では、シウマイ弁当を昭和29(1954)年に売り出してから、ずっとそうです。シウマイ弁当は売れる母数が大きいので、キャンセルされたシウマイ弁当をほかの店舗に回せば売れるんですよ。ただ、ほかの弁当はダメですよ。シウマイ弁当だけです」

同社の営業マンは「雨が降っても、当日キャンセルできます」とトークをして、運動会用の弁当の注文を取ってくるという。

そして、これはわたしが地元の友人から聞いた話だが、「雨が降って、運動会が中止になっても、シウマイ弁当を食べる気持ちになっているからキャンセルしない」とのこと。シウマイ弁当が同地区の運動会需要で独走しているのは、ほかの弁当メーカーが真似のできない「当日キャンセルOK」という施策を取っていることがある。