妻に「モラハラ」を繰り返す男性には、どんな特徴があるのか。近畿大学教授でジャーナリストの奥田祥子さんは「取材した50代の男性は、約10年間にわたり子育てなどについて妻の人格を否定し続け、ついに家出をされた。こうした男性に共通するのが、相手への思いやりなどの『情緒的なケア』の欠如だ」という――。(第1回)

※本稿は、奥田祥子『抱え込む男たち ケアで読み解く生きづらさの正体』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

後悔に耐える男
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「ケア」の埒外におかれた男性たち

「ケア」が今、注目を集めている。学術研究の領域を超え、一般書でも取り上げられることが増えたこともある。

だがそれ以上に、職場の人間関係の希薄化や家族のあり方の多様化、夫婦や恋人と信頼して共感し合える状態である「親密性」の低下、未婚・非婚化など、社会構造を揺るがすさまざまな変化や、人々が抱くつかみどころのない危機感が背景にあるのではないだろうか。

ケアは、女性と親和性の高い概念である。ケアを巡る性別役割分業の要因については、男女の権力関係によって、女性は家事や育児などの家庭でのケア役割を担わされてきたというジェンダー規範論的な視点がある。

女性には幼い頃の社会化プロセスから、情緒面を含めたケアを重視するジェンダー規範が内面化されているという分析もある。これに対し、男性はジェンダー規範を具現化するためにケアの役割や責任を免れてきたとされる。幼少期の社会的規範の内面化過程で、ケア能力を養う機会を逃してきたともいえる。

誰かを「ケアする」主体としても、誰かから「ケアされる」客体としても、埒外にある男性は少なくない。

筆者はこれまで、最長で20数年に及ぶ同じ取材対象者への継続インタビューを実施してきた。ケアに関するテーマについては、現在の年齢で20代後半から60代後半の男性を中心に1500人近くに上る取材協力者の中から、「語り」と非言語コミュニケーションの記録を分析している。

本稿ではそのなかから、情緒的なケアができずに妻に対して無自覚にモラハラを続けてしまい、家庭の危機に陥った男性のエピソードを紹介する。