教育熱心なあまり、わが子を虐待してしまう親がいる。近畿大学教授でジャーナリストの奥田祥子さんは「取材した40代の男性は、息子への行き過ぎた英才教育をきっかけに心理的虐待と育児放棄に及んだ。こうした男性の多くに共通するのが、子どものニーズを無視して自分の考えを押し付ける『情緒的ケア』の欠如だ」という――。(第2回)
※本稿は、奥田祥子『抱え込む男たち ケアで読み解く生きづらさの正体』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
「ケア」に慣れていない男性たち
「ケアする」ことに慣れていない男性は、わが子の子育てや親、配偶者の介護など身体的行為を伴うケアにおいて戸惑いや不安、悩みを抱えているケースが多い。
ジェンダー規範に基づく伝統的な性別役割によって、長い間、女性に負担を強いてきたのが、育児や介護、家事といった家庭での無償のケア労働である。世界がジェンダー平等を希求する今、そうした古い男女の役割分業の価値観から脱し、身体的ケアは男性も、女性と同じように分かち合うべき役割と見なされている。
それは社会や女性たちからの要請でもあるが、メディア報道も相まって、ケアが不得手なうえに、長時間労働などによって育児に携わる時間的な余裕のない男性たちに、プレッシャーとして重くのしかかっている場合が少なくない。
育児など身体的ケアの提供をスムーズに効果的に進めるためには、相手への気遣いや配慮などが不可欠であるにもかかわらず、男性は女性に比べて、情緒的ケアの能力に劣る傾向にある。
男性が情緒的なケア力に乏しいまま身体的ケアにあたると、ケアの受け手が求めるニーズをくみ取れずに相手との関係に溝を生じさせるばかりか、子どもへの心理的、身体的虐待など、重大な問題につながりかねないリスクを抱えているのである。
本稿では、わが子の子育てに取り組みながらも、情緒面を含めたケア能力が不十分なために、深刻な事態を招いた事例を紹介する。

