職場での挫折が虐待を加速させてしまった
不意に、彼が重い口を開いた。
「パタハラ、です……」
「えっ、今、何とおっしゃいましたか?」
思わず聞き返してしまう。
「僕が3カ月育休を取って仕事に復帰したら、職場で『仕事のできないイクメン』などと陰口をたたかれて、十分な仕事を与えてもらえないなどの嫌がらせを受け、下請け会社に出向というかたちで飛ばされてしまって……結局、左遷先での仕事に耐えかね、自ら辞職しました。
フリーとは名ばかりで、実際にはほとんど仕事はなく、共同名義の自宅のローン返済も含めて、妻に養ってもらっていたような状態で……。妻は30代後半で早々と課長に昇進した出世頭ですから……。それで、そのー……」
「つまり、息子さんの英才教育やお受験準備を熱心に進められた背景には、職場でのパタハラ、それに伴う辞職があったということなのですね?」
「ええ、まあ……息子の将来を考えていたことに変わりはありませんが、パタハラによる不本意なかたちでの辞職がなかったら、妻に対して引け目を感じることもなかったですし……そこまで息子の英才教育やお受験に執着して……そのー、虐待に走ることはなかったかもしれません。己の情けなさと、少しでも挽回したいという思いもありましたし……。息子の気持ちを考えずに進めてしまい……偽りの、誤った子育てだったと思います……」
4年間の別居を経て、妻子との同居を再開
ここまで言い終えると、天を仰ぐ仕草をして深呼吸をした。別居が始まってすぐに再就職活動を行い、2カ月後、中小のIT企業の契約社員として職を得たという。
「奥さんと息子さんとは今後、どうされようと考えていますか?」
「もちろん、早くまた一緒に暮らせる日が来ることを待ち望んでいます。妻とは別居を機に少しずつではありますが、腹を割って話せるようになってきました。今はLINEや電話のほか、月に2、3回会って、心の距離を縮めている最中と僕は捉えています。ただ……妻と話し合ったうえで決めたことですが、息子には月に1回、会うだけでして……。欲を言うと、もっと息子とコミュニケーションを取りたいですね」
画面越しではあっても、顔を上げてこちらに視線を向けて話す様子からは、確固たる思いであることが伝わってきた。
息子への心理的虐待とネグレクトを告白したインタビューの後も年に1、2回のペースでオンライン、または対面での取材を続けた。妻子とは約4年に及ぶ別居を経て、2021年に同居を再開した。
インタビューのたびに、息子が公立小学校3年生から地域の少年野球チームに所属し、クラスメートを笑わせるユーモアのある元気な少年に成長していく様子などを穏やかな笑みを浮かべて教えてくれた。

