息子を虐待し、病院に搬送される
違和感の正体に迫るまで、さらに5年の歳月を要することになる。
2020年、返信が途絶えても定期的に出していたメールでの取材申し込みに思いもよらず、河本さんから「オンラインでなら受けても構いません」と返事が来た。コロナ禍でインターネットを介したオンラインインタビューが増えている時期で、取材対象者の表情を読み取りにくいなどの難しさはあったが、彼の側としては内面を悟られないほうが話しやすかったのかもしれない。
取材前のメールでのやりとりでは、息子は今年公立小学校の2年生に進級した、とだけ記されていた。以前は黒髪だった河本さんの頭髪はグレー色になっていた。40歳にしては、少し老けた印象を受けた。
「実は、息子が途中でお受験のための塾通いを嫌がるようになって……それで、もう目の前が真っ暗になってしまって……そのー、虐待、してしまったんです、息子を……」
「虐待」とまでは想像しておらず、耳を疑った。声に出して確認する間もなく、彼が続けた。
「暴力は振るっていませんが、大声で叱りつけたり、息子が話しかけているのに無視したり……。それが1カ月ほど続いて、ある日、言うことを聞かない息子に対してむしゃくしゃして……お昼時でしたが、食事も水分も与えず、何も言わずに出かけてしまったんです。
7、8時間後、帰宅した妻が、息子が玄関先で倒れているところを見つけました。脱水症状でした……。2日後、息子が入院していた病院を退院すると同時に、妻子は家を出ていきました。あれから3年余りになります……」
「立派な父親」への憧れが逆効果に
「どうして、息子さんに心理的虐待やネグレクトを行ってしまったのですか?」
「…………」
沈黙が長く続くかと思ったが、1、2分後にこう言葉を継いだ。
「立派な父親になりたかったんです……」
「もう少し、具体的に教えてもらえますか?」
「息子のお受験を成功させ、輝かしい未来へ導けるような、立派な父親。それを目指していました。三流大学を出て、中小企業に就職した自分みたいになってもらいたくなかったから……。息子のためを思ってのことです。でも、息子が言うことを聞かずに僕に反抗している状態では、わが子をうまく指導できていないダメな父親になってしまう。そんな、妻も周りもがっかりさせてしまう父親にはなりたくなかった。だから、つい……。それと、いや……」
河本さんはうつむいたまま、押し黙ってしまう。5分、10分と時が経過する。パソコン画面に映る画像もフリーズしているかのようだった。

