なぜラグビーワールドカップ(W杯)は日本で開かれることになったのか。それは今から16年前、ある男たちの働きかけからはじまった。発売中の『プレジデント』(10月18日号)の特別企画「ラグビーW杯日本招致 世界との交渉秘録 なぜ、史上初のアジア開催は実現したか」より、招致活動の中心となった徳増浩司氏のインタビューをお届けしよう——。

月1回、「元気?」と電話する

国際大会の招致活動で最も大切なことは、投票権を持った人たちとの「関係づくり」だと思います。実際に投票行動をしてもらうためには、彼らの信頼を勝ち取り「この人の言うことなら信じて投票しよう」というレベルにまで持っていかなければなりません。これは一朝一夕にはできないことです。

徳増 浩司(とくます・こうじ)/ラグビーW杯2019組織委員会 事務局長特別補佐。1952年生まれ。国際基督教大学卒。ウェールズのカーディフ教育大学でコーチングを学んだあと、茗溪学園中学校高等学校に赴任、現在アジアラグビー協会名誉会長(撮影=小野田陽一)

招致活動にはガイドブックがあるわけでもなく、過去の前例などもほとんど知る機会がないので、手探りのスタートでした。そんな中で、私に最初のヒントを与えてくれたのはIRB(現ワールドラグビー)のCEOだったマイク・ミラー氏でした。

ミラーさんは「招致活動で大切なのは、人間関係を日常的にcultivate(耕しておく)ことだ」というアドバイスをしてくれました。ある日突然、いきなり頼んでも人は動いてくれない。月に1回は、何の用事がなくても「元気?」と電話をかけて関係づくりをしておくべきだということでした。私は彼のアドバイスに従って、主要協会の担当者に電話作戦を始めて、まずは自分の名前を覚えてもらうことからスタートしました。

海外でのロビー活動では、実際に先方と会って名刺を受け取ってもらうことからはじまって、次に会ったときは「ハイ、コウジ」とファーストネームで呼んでもらえるような親しい関係を築かなければなりません。パーティーや会食の場でも、いろいろな話題を持っていることが役に立ちます。ラグビーの話だけでなく、音楽やアート、ワインの話など、引き出しが広ければ広いほど共通の話題が見つかり、親近感が強くなります。

もうひとつ招致で大切なことは、「自分たちが相手のどう見られているか」ということです。招致団はどうしても、自分の言いたいことをアピールしがちですが、常に相手の視線や発想を意識しておくことが大切です。

2004年の秋にウェールズ協会の理事会でプレゼンテーションをしたあと、日本代表とウェールズが試合をしたのですが、98対0で完敗しました。夜になってウェールズのチェアマンとパブで飲んでいると、だんだん彼が饒舌じょうぜつになり、「あのね。100点ゲームで負ける国にワールドカップが行くと思うかい」と言われました。これが彼の本音でした。