心理学の視点で考えてみると、行動様式を変えるには、自分の中の接近システムと回避システムをコントロールする必要がある。その際に大きな働きをするのが感情である。
例えば、クライアントからクレームを受けたものの、100%こちらが責任を負う必要がないときがある。しかし当方の正当性を主張しすぎると、クライアントを怒らせてしまうリスクがある。私たちはリスクを感知すると、不安や恐れの感情が生まれ、回避システムが活発になる(注3)。不安に圧倒され、相手の嫌がることを言わずに「こちらがすべて悪かったです」と闘争回避行動をとれば、会社に戻って上司から「子どもの使いでもないだろう!」とカミナリを落とされそうである。ここで辛抱して、前向きな感情をふるい立たせて接近システムを作動させ、クライアントを説得できれば、社内評価は高くなるだろう。
この辛抱するプロセスを情動心理学では“effortful control”と呼ぶ。
闘争タイプにも辛抱は必要である。闘争タイプの人は、成果をあげさえすれば昇進や昇給ができ、みんなも納得すると思い込みがちである(注4)。しかし必ずしもそうとは言い切れない。
あなたがメーカーのA事業を担当する執行役員であるとする。次期の投資計画を実施するためには、B事業部の投資額の削減が必要だ。あなたは経営会議で、B事業部の事情にまったく配慮せず、強硬に主張して投資予算を獲得した。その結果A事業部は多額の利益をあげ、B事業部は競合企業との競争に敗れてしまった。もしB事業部を統括していた取締役が将来社長になった場合、社長の寛容さをあなたはどれくらいあてにできるだろうか? A事業部を預かりながらも、「B事業部の切迫した状況を自分は十分に配慮しているか」と辛抱して、より広い視野にたって経営会議に臨むべきであろう。
つまり接近システムと回避システムを上手に使い分けるには「辛抱」が必要なのである。辛抱は嫌なことをただ我慢することではない。状況に反射的に反応せず、一瞬でもよいから「ちょっと待てよ」と考える間合いをとり、問題解決には、接近か回避のどちらが効果的かを判断するのが辛抱である。
辛抱は、いずれのタイプにとっても万能薬である。ビジネスの重要な場面では、ぜひ「ちょっと待てよ」の言葉を思い出し、闘うべきか、逃げるべきか、にっこり笑って握手すべきか、一番適切な行動を選択していただきたい。
「辛抱」は、「もったいない」と並んで現代の日本人が忘れがちだけれど、とても大切な言葉だと思う。
(注1)James J. Gross “Handbook of Emotion Regulation.p334
(注2)2010年6月4~7日の期間、年収1000万未満574名、1000万以上501名の就業中の方を対象に実施。男性983名 女性92名から回答を得た。
(注3)人間はリスクを感知する前に不安を感じているという最新の研究結果もあり、この個所の説明は将来書き換えが必要になるかもしれない。
(注4)今回のインターネット調査では、年収と役職の相関は0.485、成果と年収、成果と役職の相関はともに0.293である。成果と年収、成果と役職の関係は、年収と役職の関係ほど強くない。