模範社員が窃盗犯に転げ落ちた人生の坂道
なぜこの人がここにいるのだろう……。傍聴をしていると、そう思わせられる被告人に出会うことがある。
ごく普通に生まれ育ち、就職してマジメに働いてきた。結婚して子どもにも恵まれた。堅実だったはずの人生が、何かをきっかけに崩れ、坂道を転げ落ちるようにすべてを失ったあげく、犯罪に走ってしまうようなケースだ。
もちろんやったことは悪い。本人も罪を認めているので間違いなく有罪になるだろう。でも、自業自得だと切り捨てる気になれず、「もし自分だったら」と思いを巡らせてしまう。
傍聴したのは10年以上も前なのに、いまでもときどき思い出す被告人がいる。当時52歳の被告人は、無職でバツイチの独身。罪状は窃盗だった。
何をしでかしたのか。東京・浅草の路上で現金7000円が入った財布をひったくり、数日後、同様の手口で現金4万6000円が入ったバッグを奪って逃走したのだ。被害者がすぐ通報し、警ら中の警察官によって捕まっていた。逮捕歴は今回で4度になるという(すべて窃盗)。実刑を受けたこともあり、今回の事件は刑務所を出所して、わずか5カ月後に起こしたものだった。
妻子との堅実な生活が「会社倒産」で歯車が狂う
もともと荒れた人生を過ごしてきたわけではない。一般企業に就職し、恋愛結婚して子どもも授かった。子どもは障害があったが、夫婦で愛情を注ぎ、育て上げていく気だった。弁護人から当時の生活について訊ねられた被告人が顔を上げて言う。
「幸福でした。障害があるから可愛がらなかったということもなく、それはそれで受け入れてやっていこうと妻と話し合っていました」
実直そうな表情や喋り方から、その話は本当だろうと思った。被告人はかつて、平凡だけど着実に、人生のコマを前に進めていたのだ。
その生活にほころびが生じたのは、勤めていた会社が倒産したことだった。定年まで勤め上げることを念頭に人生設計していた被告人一家にとっては計算外のことである。のんびり転職先を探すゆとりはなく、建築関係の現場仕事に転職。しかし、ここでまたも悲劇に見舞われる。仕事中の事故で脚に怪我を負い、それが元で退職を余儀なくされてしまうのだ。