不運の連続で心が腐ってしまった男が堕ちた穴

経済的にはそれほど追い詰められていたわけではなかったが、気持ちが腐ってしまい、酒の量が増えていく。怪我で動けず時間を持て余したこともあって、短期間のうちに酒浸りの生活をおくるようになってしまった。ぎくしゃくし始めていた妻との関係も当然悪化し、とうとう15年前、離婚を言い渡されてしまう。

「子どもとも会えなくなり、まるで坂道を転げ落ちるように、すべてが悪いほうに向かっていきました」

だが、これだけでは終わらない。今度は被告人の父が自殺してしまったのだ。被告人は妻方の養子になっており、離婚によって相手側の親などに迷惑をかけたことを苦にしてのことだった。メンツを重んじる人だったのだろう。被告人は、親を自殺に追い込んだ不肖の息子として親戚じゅうから責められる羽目になり、逃げるように故郷を離れ、東京に出て行った。

勤務先の倒産→転職先での事故→飲酒癖→離婚(子どもとも会えない状態)→実家に戻る→親の自殺→単身上京

これらのことが、わずか2年足らずのうちに起きたのである。東京に出てからは酒を控え、職を転々としたが落ち着き先が見つけられず、人生の目標や生きがいを見いだすことができないまま、とうとう金に困って犯罪に手を染めた。しょせんは素人なのですぐ捕まり、初犯とあって執行猶予判決を受けたものの、いまの日本では前科者の再就職は難しく、ひったくりを繰り返すようになっていったのだ。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/stevanovicigor)

「一寸先は闇」は決してひとごとではない

なぜ飲酒に走ってしまったのか。妻子のためにも踏ん張るべきだったろう。いい歳をして、命を断つほど親の気持ちを追い込んでどうするんだ。贅沢を言わなければ、東京で立ち直るチャンスはあったのではないか――。外野席からはいくらでも言える。でも、そんなことは被告人自身、よくわかっていることなのだ。それでもどうにもできなかった。

かつては常識ある社会人だった人が、盗んだ金を生活費にすることしかできなくなってしまう。普通の人に起きた転落話だけに、聞いていて恐ろしくなるようなリアリティがあった。筆者のような自営業者にとってはもちろんのこと、堅実そうな仕事をしていても、少し歯車が狂えばたちまち行き詰まるのがこの社会なのだと。

その傾向は、いまやますます強まり、終身雇用の時代は過去のものとなっている。年金もあてにはならない。ということで、いかにして貯蓄や財産を増やすかに血道を上げる人が増えていそうだ。