つまり、既存事業がうまくいっていれば、企業にはイノベーションを起こす合理的理由がそもそもないのです。イノベーションを起こすには、こうした組織内の淘汰環境をどうくぐり抜けるかが重要になります。
こうした状況を突破するために、やるべきことは「対話」だと私は考えています。ここでいう対話とは、組織開発研究者のロナルド・ハイフェッツらが『最難関のリーダーシップ』で指摘している、「観察」「解釈」「介入」のサイクルを回し続けることです。状況をよく観察し、解釈し、そして介入するために、ハイフェッツらは「バルコニーに立て」といいます。ダンスフロアでみんなが踊っていて、自分もその中にいます。自分が踊っていることで、他の人はどんな反応をしているか、誰かにぶつかっていないか、誰かが嫌な顔をしていないか。それをバルコニーに立ってよく観察せよ、というのです。
例えば、提案をしても上司に受け入れられないのであれば、なぜ上司はそういう反応をするのかを観察すべきです。自分の提案が上司にとって、どういう意味があるのかを考えるのです。
対話について論じた宗教哲学者のマルティン・ブーバーは、著書『我と汝』の中で、人間の関係性を大きく2つに分類しました。1つは「私-それ」です。「私」にとって「それ」は道具として使われるもの、という一方的な関係性を指しています。もう1つが「我-汝」です。考えや立場の異なる「我」と「汝」が、互いにとって大事な存在であり、比類なき関係性を構築できている状態を指しています。
「我-汝」の関係性を生み出すための実践が対話であるとブーバーは捉えています。対話を通じて、自分が相手を受け入れるために変化することが求められるのです。
相手が自分の思うように動いてくれない場合は、「私-それ」の関係で臨んでいるからうまくいかないのです。「言うことを聞かない相手が悪い」と思っている限り、永久に両者の違いを乗り越えることはできないということです。
前述のハイフェッツは、組織が抱える問題には、「技術的問題」と「適応課題」の2つの性質があると述べています。技術的問題とは、既存の方法で対処できる問題のことで、どこかに答えがある問題です。例えば、「のどが渇いた」という問題は、水を飲むことで解決できますから、技術的問題です。この場合、水は私にとって道具ですから、「私-それ」の関係性で対処できます。