「工場火災の原因は、あなたのスマホだ」
2020年7月17日。東京オリンピック開幕まであと1週間。私はいつものように通勤しようと駅のホームで電車を待っていた。突然、アナウンスが流れる。システム異常でダイヤに遅れが出ているという。45分経ってようやく電車がやってきた。駅のホームには人が溢れ、車内も超満員状態だ。
目的の駅に着き、電車を降りて会社へ向かう。建物に入ると入館ゲートは閉じられていて、警備員が社員を階段へと誘導している。建物の電気系統に異常が起こっているらしい。
ようやく13階へ着くと、すぐに部長から会議室へ呼び出された。昨日の会議の議題だった、企業買収の情報と会議音声がネット上に流れているという。部長にスマホを確認してくれといわれる。私のわけがない。第一、スマホの録音機能など使ったこともない。それでも念のため、データを開いてみる。――そこには、まさに昨日の会議の様子が録音されていた。
どういうことだ。部長は「遠隔操作」の可能性があると、私をIT部門のあるフロアへ行こうと促した。IT部門のフロアに着き、担当者のデスクに向かう。部長が担当者に一言話しかけ、スマホを渡す。すぐにスマホをパソコンにつなぎ確認をはじめる。
部屋を見回すと、珍しくテレビがついていた。ニュースキャスターは、変電所の制御システムがコントロールを失い、各地で停電が起こっていると矢継ぎ早に伝えている。原子力発電所も放射能漏れの恐れがあるという。原因は不明だそうだ。続けて、首都圏沿岸部の化学コンビナートの中継に移る。そこには、プラントが炎をあげて燃えている映像が流れている。
そのとき、部屋に制服を着た警察官が2人入ってきた。通常とは違う光景に、一気に職場の雰囲気が変わる。2人はこちらへ向かってくる。目の前で名前を確認され、スマホはどこかという。私は、IT担当者のほうを指差す。昨日の録音の件だろうか。
すると警察官は私に向かって「テレビで映ってる工場の火災、きみのスマホのアプリが発信源になっている。署まで同行してもらいたい」。まったく事態を呑み込めない。何が起こったというんだ――。
五輪はハッカーにとっても大チャンス
これらは今回の取材をもとに浮かびあがった、東京オリンピックを狙ったサイバー攻撃によって起こりうる、日本の近未来だ。
米国のサイバーセキュリティ企業の共同創業者で、オバマ政権で国家テロ対策の責任者を務めたマット・オルセン氏は「オリンピックのような国際的なイベントは、これまでのサイバー攻撃の歴史では、ハッカーたちにとって自分たちの存在を世に知らしめるものと捉えられてきました。国を挙げてしっかり対応しないと、想像もできない大きな問題が起こりえます」と語る。