松井忠三さん
1949年、静岡県生まれ。73年西友ストアー入社。91年良品計画に出向、92年入社。2001年業績不振に陥っていた良品計画の代表取締役社長に就任。経営改革を断行しV字回復を果たす。08年代表取締役会長、15年より名誉顧問。現在、りそなホールディングスなどの社外取締役も務める。
私の田舎は伊豆の農家でしてね。朝、裏の畑で穫ったキュウリやナスをぬか床に漬け、昼に食べるのが好きでした。ぬか漬けは新鮮でないと美味しくない。海も近いので、水揚げされたばかりの生しらすや桜えび、イワシやサバが食卓に並んでね。そんな新鮮なものを食べることが楽しみでした。
学生時代に上京してからは、実家から送られる米と野菜で自炊していました。玉ネギと味噌だけで、5、6種類の料理が作れます。そんな私にとって、食は人生のパートナーであり、生きる目的のようなものです。
私はA級グルメもB級グルメもC級グルメも、みんな好きなんですよ。好きな店の共通点は、素晴らしい素材を仕入れ、その素材を生かす料理をするお店。そのなかでA級グルメは何が違うのか。それは極上の素材に独自の“工夫”を入れることで、とてつもなく素材を美味しくしてしまうことですね。
「龍吟」はその最たる店です。例えば、お刺し身がそのまま出てくることはない。江戸前の寿司職人はネタに必ず「仕事」をしますが、龍吟はそうした仕事とは違うレベルで工夫が入っている。品書きから連想できる料理は出てきません。そういう工夫は並の料理人がすると、素材を不味くしてしまうものですが、山本シェフがすると美味しさが格段に極まります。最初から最後まで、美味しくない料理が1つもない。そして、調理場のスタッフも同じレベルの料理を作れるまで腕を磨いている。創造性と技術の一致に感服します。
「スリオラ」は素材のよさを繊細に引き出していて、完成度が素晴らしい。本多シェフのすごさは、本場で習得したスペイン料理を、感性で進化させていること。スリオラが麻布十番でミシュランガイドの一つ星だったときから通っていますが、2015年に銀座に移転して二つ星になり、料理がかなり変わり、さらに美味しくなった。本人に相当な力と探求心がないと、ここまで大きく変えられないものです。この先も楽しみです。
ミシュランの三つ星の定義は、「そのために旅をする価値がある」というものですが、本当にそう思います。私は夏休みになると妻とヨーロッパに行き、三つ星を中心にレストランを巡る旅をします。ヨーロッパの人々は、レストランに行く日は朝から準備をし、正装をして、30分から1時間かけて料理とワインを選び、食事を楽しむ。演劇や美術を見るのと同じように、食は文化そのものなのです。