隈 研吾さん
1954年、神奈川県生まれ。東京大学大学院工学部建築学科修了。自然素材を生かした建築を得意とする日本を代表する建築家。代表作にサントリー美術館、根津美術館、5代目歌舞伎座、としまエコミューゼタウンなど。2020年東京オリンピック・パラリンピックのメーンスタジアムとなる新国立競技場を設計。
料理と建築は、すごく似ている。素材との対話がすべてなんです。僕は木をよく使いますが、どの木を、どうカットしほかの素材とどう組み合わせるかで色彩や雰囲気が変わってくる。どうすれば素材のよさを最大限、生かせるのか。その繊細な作業は料理人の仕事に通じるのではないでしょうか。対話の上手な人が美しい建築をつくれるし、美味しい料理をつくれるのだと思う。優れた料理人に美味しい料理を食べさせてもらうことは、建築家として勉強になります。
「エスタシオン」は、料理に気持ちが込められていて、でも凝りすぎていないところがいい。シェフが本場の料理を食べ歩いて学んだスペイン料理ですが、食材は日本で手に入る最高のものを選んでいて、素材とよく対話し、素晴らしく美味しい料理をつくってくれる。僕はガイド本の星を競ったような料理より、こういったつくり手の人間が感じられる料理が好きです。
それに、空間が持つノイズ感がいい。現代建築はシンプルでノイズが一切ない“ミニマル”が追求されてきましたが、これからの空間はノイズのある世界になっていくと僕は思っている。ここは照明が何種類もあって、空調機が見えていて、ほどよくガチャガチャしている。こういう空間に自分というノイズが加わっても気にならない。だから落ち着くんです。
長崎の「天空」は、大将が福岡の名店で腕を究めた人ですが、伝統にとらわれず、料理の世界を自由に拡げている。寿司は1貫ずつネタに合う味付けをして出してくれる。料理も地元でその日に獲れた食材を見て創作する。それが舌に響くほど美味しい。僕はこのスタンスがしっくりくるから、ここに行くのは大事な息抜きなんです。
どんな店に人を連れていくのかで、その人の教養がわかりますね。どんなアートが好きかといったものは少し勉強すれば誰にでも言えますが、連れていくレストランを選び、メニューを選び、お酒を選ぶのはごまかせない。食べ物というのは体と密着しているから、人間の本質が出るんですよ。
コンクリート建築の時代、合理主義の時代に、人間は素材と対話をしなくなりました。しかし日本の建築はもともと自然と調和しているもの。僕はもう一度建築をそこに戻さなければいけないと思っています。新国立競技場はその象徴的なものにしたい。杉の匂いが漂う陸上競技場はおそらく世界で初めてですから、どんな記録が出るのか楽しみです。