「プロの農家へ」ぶれない決意
大リーグのイチローの快挙を祝福し、勇気をもらった人は多いだろう。春の叙勲で『旭日中綬章』を受賞した農業界のレジェンド、76歳の坂本多旦(かずあき)さん(山口市・船方農場グループみどりの風協同組合理事長)もその一人。「すごい人よ、イチロー君は」と言うのである。
「共感するのは、あきらめないことですね。人はどっか、プレッシャーとか、ストレスとか、弱みが出てくるもんです。でも、そんな時でも、イチロー君は負けないね。ぶれない。自分を信じているからでしょ」
イチローが日米通算の安打数を「4257本」とし、ピート・ローズ氏の大リーグ最多安打記録を抜いた日の翌日だった。6月17日夜、東京・大手町の高層ビル街の一角で、坂本さんの受賞記念祝賀会が開かれた。ビルの21階の会場には衆議院議員や農林水産省の事務次官、農業の最前線を走る法人農業の経営者ら、そうそうたるメンバーが祝福のために集まった。ざっと120人。
山口県の中山間地の農家の長男として生まれた坂本さんは第二次世界大戦の終戦の時、5つだった。父から農業での生き様や大切さを教えられ、高校卒業後、就職を断念し、農家を継いだ。当時、19歳。ある日の朝、どろどろになって田んぼ作業をしている時、就職した同期生の通勤姿に気恥ずかしさをおぼえ、坂本さんは土手の木の陰に隠れたのだった。
その時、坂本さんは「プロの農家になる」と決心した。やがて農地を持たない青年との出会いから、「農業における法人経営の確立」が生涯のテーマになった。周りからは笑われた。でも志はぶれなかった。
イチローの生きざまが、坂本さんのそれと重なった。イチローは快挙達成後の記者会見で、こんなことを言った。「僕は子どもの頃から人に笑われてきたことを達成してきている、という自負がある」と。