和室を歩くときは「畳の縁を踏んではいけない」とよく言われます。礼法では、そのような決めごとはありません。なぜなら「畳の縁を踏まずに和室のなかを移動する」こと自体に無理があるからです。
人には体格に見合った歩幅があります。対して畳の幅は90センチと決まっています。人が自分の歩幅で自然に歩こうとすれば、畳の縁を踏むのは多分にありうることです。もし、畳の縁を踏まないようにするために歩幅を変えるとすれば、それはその人にとって不自然な歩き方になってしまいます。
和室の作法では、正座の姿勢からつま先を立てる跪座の状態での所作が多いのですが、跪座で畳の上を移動する場合(膝行、膝退)、畳の縁を踏まないようにするのはまず不可能です。そうすることが人の体と動きの自然さを損ない、不合理であるから、小笠原流の礼法では「畳の縁を踏んではいけない」などとは言わないのです。
ただし「敷居や閾を踏んではいけない」とは教えます。
敷居と柱は連結しており、家を支えている重要な構造の一部だからです。歩くたびに敷居を踏みつけていれば、敷居はゆるんだりゆがんだりして、ふすまや障子など引き戸の滑りが悪くなり、敷居の下でつながっている床の根太を傷めてしまいます。さらに進めば天井が下がってくることにもなるでしょう。
畳の縁は、傷んだら張り替えが利きます。和室のある家では定期的に畳替えや表替えをするでしょうから、畳の縁を踏んでもさほど大きな問題にはなりません。しかし、敷居のように家を支える構造がゆがんでは、これを直すのは容易なことではありません。
敷居を踏まないのは、家を大切に使う、あるいは他家を訪問するときも、その家を大事にするということですが、背後にはそのような合理性があるのです。
※本連載は書籍『一流の人はなぜ姿勢が美しいのか』(小笠原清忠著)からの抜粋です。