仮説も検証もすべては現場に
「現場が大事」という信念を持つようになったのは、ある経験が原点にあります。入社したての頃、英国の毛織物など紳士用の仕立生地を輸入する部署にいた。当時は英国物の毛織物というのが高級品の代名詞でしたが、英国の毛織物メーカーには非常に硬い名前のものが多かった。
そこで、もっと売るために何かできないかと考える日々でした。そんなとき、帝国ホテルで銀座の英國屋の展示会があって、そこで見た光景でひらめくものがあった。
紳士用のスーツを買うのは男性ばかりと思っていたが、男性客はテーブルに座って営業マンと話している。そこへ奥さんやお嬢さんが生地のサンプルを見せに来る。それを見て、実際のスーツ選びの決定権は女性にあることがわかった。選んでいるのは男性という先入観があって、生地はグレーも紺もほとんどが無地でした。これは堅苦しい名前よりも、女性が好む名前を付ければもっと売れるに違いないと思った。
それで、メーカーやサンローランと仕立て用の英国の紳士服地に「イヴ・サンローラン」と付ける契約をし、サンローランが選んだ生地の輸入を始め、ものすごく売れた。これが伊藤忠がブランドビジネスを始めた原点になっているのです。
しかし、現場でお客さんから話を聞いたり自分の肌で感じたことは、自分なりに検証する必要があります。ブランドでも自分が思いついて、このブランドがいいだろうと考えるのは仮説です。その考えを「どうですか」とお客さんのもとへ聞きに行く。それで、「いや違う。こっちのほうがいい」と言われたら、今度はそれを持ってほかへ行く。その結果、お客さんが言ってるのはこれだなという結論になる。仮説だけで商いはできません。そのあとの検証が重要です。
(10年6月14日号 当時・社長 構成=吉田茂人)
小宮一慶氏が分析・解説
物事を本質を見抜いていくためには、オフィスのなかに引きこもっているようではやはりダメだ。ここで紹介されている岡藤氏のエピソードからは、このことの重要性を改めて思い知らされる。
高級スーツ選びの決定権が女性にあったとは、なかなか想像しづらいことだ。人間誰しも先入観を抱いてしまうのは仕方がない。しかし、それが誤りだとわかったら素直に訂正する。そうすることで、よい仕事につながる仮説検証ができるようになる。
1957年、大阪府生まれ。京都大学卒業後、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。96年に小宮コンサルタンツを設立し、現職。『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』など著書多数。