変化の兆しを読む現在と過去の照合
イノベーションを生み出すために重要なのは、突然何かを思いつくことではなく、変化の兆しに気づくことです。そのためには他社のサービスを研究するよりも、やはりユーザーの声に耳を傾けるのが第一。グーグルはヤフーを研究し尽くした結果、検索エンジンを始めたわけではないでしょう。多くの人たちに受け入れられるイノベーションが生まれるのは、常にユーザーの求めるものが何なのかを考えた結果です。
ただし、ユーザーの声に耳を傾ける姿勢とは、その声をそのままサービスに反映させていくことだけを意味しない。むしろ、「現在」の生の情報である「声」を、その業界・分野の「過去」の歴史と照らし合わせていく作業が大事なのです。例えば、現在のモバイルサービスを始める以前、PCよりも携帯電話を中心に利用しているユーザーの声を集めると、「パソコンは起動に時間がかかる」「寝ながらできない」「画面が大きすぎる」といったものが次々に出てきました。同じころ、ゲーム業界ではニンテンドーDSやPSPが流行し、家庭用ゲーム機全盛の時代が終わりを迎えようとしているかに私には見えました。ゲームは家でやるものとか、大きな画面でプレーしたいという「常識」が変わり始めていたのです。
それなら、インターネットやPCの業界も同じなのではないか。そこで総務省のデータなどを見てみると、確かに05年から06年あたりの頃にPCのページビュー(PV)はすでになだらかになり、モバイルのPVだけが順調に増えていました。すでにいま起き始めていることが、気をつけて情報を見ればさざ波のように広がりつつあることがわかる。モバイルの将来性に確信を持った一つのきっかけでした。
(09年11月30日号当時・社長構成=稲泉連)
小宮一慶氏が分析・解説
田中氏のいうユーザーの声を、その業界・分野の歴史と照らし合わせていく作業とは、異質な情報を組み合わせて、人や社会の役に立つ「知恵」をひらめいていくプロセスにほかならない。
一つアドバイスしたい。どんな小さなひらめきでもいいから、アウトプットしたものを人に伝えて評価してもらおう。辛辣な意見が返ってきたら、その意見の本質がどこにあるのかを検証する。その繰り返しによって頭の引き出しがさらに整理され、論理的思考力のアップとともに、本質を見抜く力も向上していくはずだ。
1957年、大阪府生まれ。京都大学卒業後、東京銀行(現・三菱東京UFJ銀行)に入行。96年に小宮コンサルタンツを設立し、現職。『ビジネスマンのための「発見力」養成講座』など著書多数。