『あなたへ』で見せた演技

『あなたへ』(2012年 東宝)は高倉健の遺作となってしまった。

妻(田中裕子)に先立たれた刑務所の指導技官(高倉健)が遺骨を持って、富山から平戸までを旅するロードムービーが『あなたへ』だ。共演者は豪華である。

ビートたけし、大滝秀治、長塚京三、原田美枝子、佐藤浩市、浅野忠信、SMAPの草なぎ剛、余貴美子、綾瀬はるか。加えて、高倉健がめぐっていく各地の風景も美しい。富山、飛騨高山、京都、大阪、兵庫県朝来市の竹田城、門司、平戸の薄香湾。情緒たっぷりの日本の情景である。

この映画のなかで、もっとも重要なシーンは主人公が妻の遺骨を海へまくところだ。大滝秀治扮する老船頭が操る船に乗った主人公は左手で骨壺を抱え、右手で遺骨をつかむ。そうして、骨を少しずつ、海のなかへ沈めていく。この時、なぜか高倉健は骨壺を包んでいた布を口でくわえ、顔の下半分を隠してしまっている。

もし、そういう状況だとしたら、普通の俳優なら布をくわえることはしないだろう。

何かつぶやきながら、あるいは慟哭しながら骨を海に流すのではないだろうか。だが、彼はセリフをしゃべらない。それでも、布をしっかりとくわえた口元に妻を失った男の悲しみがにじみ出ている。

セリフという俳優の武器を使わなくとも、悲しみを最大限に表現できるのが高倉健だ。