「好きなのはジャン・ギャバンですねえ」

『あなたへ』の散骨シーンを見て、わたしは高倉健の言葉を思い出した。

「(演技の)お手本というか、好きなのはジャン・ギャバンですねえ。

あの人、神父さんでも、マフィアのボスでも、ボクシングのマネージャーでも何でもやるでしょう。

そして、派手に笑うわけでも、涙を流すわけでもない。走ってるシーンなんて想像もできない。

それでも、あの人の演技からは悲しさと喜びが確実に伝わってくる。セリフでも動作でもない。ただ黙ってカメラを見つめてる表情のなかに感情の動きが表現されてる。

『地下室のメロディー』って映画のなかで、(アラン)ドロンがドジったせいで、せっかく盗んだお金がかくしてあったプールの底からぱーっと浮いてきちゃうところがあるでしょう。

普通なら愕然とした演技をするんだろうけれど、あの人は平然と新聞を読んでいるだけなんです。それもサングラスをかけたままで……。

感情を表現するとき、俳優にとって目はいちばん大切な武器になるんだけれど、彼はその武器をあえて捨ててしまえる自信があったんでしょう。

観客はその捨てたものの大きさを想像しながら感動するんじゃないでしょうか」(『高倉健インタヴューズ』プレジデント社)

いいこと言うなあ、と思う。わたしは高倉健が「見た方がいいよ」と言うので、『地下室のメロディー』『望郷』『ヘッドライト』を見た。

『望郷』はジャン・ギャバンを有名にした映画ではあるが、私の年齢(57歳)であっても、ちょっと古いかなと感じた。