全国にあるデタラメ天守再建の先駆け
最後に「その後の全国各地における天守再建の手法に先駆けとなった」という評価について。
文化審議会は「大阪城天守閣」を「復興天守」と呼ぶが、現実には「模擬天守」である。天守が存在しなかった城、または外観や構造に関する史料が残っていない城に、地域や観光のシンボルとして建てられた天守や天守風の建築は「模擬天守」と呼ばれる。「大阪城天守閣」が、かぎられた史料やほかの天守などを参考に「復興」することを目的で建てられたにせよ、現実として、史実との共通点がなかったのだから、「模擬天守」と呼ぶほかない。
そして実際問題、「大阪城天守閣」が出現して以降、全国各地に史実にもとづかない天守風の建物や、観光目的にあえて史実を無視して建てられた天守が乱立することになった。その多くは「大阪城天守閣」と同様に鉄筋コンクリート造だが、それを建てるために現存する石垣などの遺構が破壊されてしまったケースも少なくない。
「天守再建の手法の先駆け」なのはまちがいない。以後、できるかぎり史実に沿って外観を復元する天守もたしかに現れた。だが、出現した天守の多数派は、史実を無視するか、少なくとも軽視したものだった。そんな状況を生み出したことが、よりによって重要文化財に指定される要因とされている。考えれば考えるほど、戸惑いと違和感が増すばかりである。
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