将来役に立つ可能性を閉じないこと
たとえば、一般の人で消火器を使ったことがある人は少ないでしょう。私自身、消火器を使ったことがありませんでしたし、消火器にもいろいろな種類や特性があることすら知りませんでした。
しかし、先述した試験を受けるにあたり、消火器について勉強したり消防署に見学に行ったりすると、それまで知らなかったことを知るきっかけになりました。
実際に火災に遭遇したわけではないので、勉強したことが“役に立った”のかと訊かれれば、現時点では“役に立った”とはいえないかもしれません。しかし火災はいつ発生するかわかりませんし、勉強したことが永遠に“役に立たない”とも言い切れないのです。
「すぐに役に立たなければ勉強する意味がない」と言っていたら、将来役に立つ可能性のあることに対してもその可能性を閉じてしまうことになるのです。
化学や物理で“目からウロコ”
また、受験勉強そのものも楽しい経験でした。
高校を卒業して以来、化学や物理などを勉強する機会はありませんでしたが、試験問題の中には高校の化学や物理の問題も含まれていたため、復習をしていると高校時代にはわからなかったことがわかるようになり“目からウロコ”が落ちました。
勉強そのものが好きになるのはこういうときこそなので、そういう意味では大いに“役立った”といえます。自発的に勉強を続けているとこのような副産物もあるものです。
自分が置かれた状況の中で「これは面白そうだ」と思える資格があれば、すぐには役に立たなくても、勉強してみることをお勧めしたいのです。
外発的報酬(この場合でいえば、「資格手当」)が目当ての人には、「すぐに役に立たないことを勉強しても意味がない」と思えるかもしれませんが、内発的動機(この場合でいえば、「自分の視野が広がるきっかけになる」)で勉強していれば、それがあなたの可能性を広げてくれるのです。

