人の役に立ち損ねたときには大きな罪悪感
私のよく知る男性は、多くの友人の悩み相談に親身に対応してきました。彼のもとには、仕事の悩み、家庭や恋愛の悩み、お金の悩み、メンタルヘルスの悩みなど、数々の連絡が来ます。
彼はことあるごとに、周囲に「何かあったら頼って」と言います。彼にはいろいろな人脈や知識があり、有効なサポートを提供できる。だからこそ、相談相手としての役割が確立されています。
しかし気づけば彼の周りには、「困ったときしか連絡してこない友人」で溢れていました。たまに、ただの雑談や気晴らしに誘われ、会いに行ったりもしますが、「実は悩みごとがあって」と切り出されます。
そこには、厄介な信念も関わってきます。彼は、自分は人の役に立たなければいけない、という思いを強く持っています。人の役に立ちなさいと言われて育つ中で、人の役に立ち損ねたときには大きな罪悪感を抱くようにもなりました。
だからこそ彼は、自分の悩みを誰にも相談できずにいます。彼は周囲の友人に対しては決してそう思わないのに、「〈自分が〉弱さを見せるのは恥ずかしい」と感じています。役に立たなくなったとたん、自分の価値がなくなると信じているのです。
こんな状況は、「社会的にはつながっているのに、心理的には孤独」という、気づかれにくい孤独を生み出します。彼は多くの人と関係を築いているのに、どう見ても彼へのサポートが不足しているのです。彼自身も、そのままの自分を愛せないとつらそうです。
こうした主観的孤独は、客観的なつながりの量とは別に発生します。他者に対して援助的な人々もまた、放置された孤独を抱き続けることになるのです。
社会関係は4つに分類される
アメリカの人類学者、アラン・ページ・フィスクは、人の社会関係は共同分配関係、権威序列関係、平等調和関係、市場価格関係の4つに分類されると提唱しました。
共同分配関係は、家族や親しい友人と食事を分かち合うような、資源を共有する関係です。権威序列関係は、軍隊のような上下関係、服従の関係です。平等調和関係は、友人と割り勘したりお土産を贈り合ったりする関係です。市場価格関係は、ビジネス取引のように、提供した価値で報酬が決まる関係です。
人は親しい人と、共同分配や平等調和の関わりを築きます。一方で、ビジネス上の相手やよく知らない相手などには、市場価格関係を築こうとします。

