書評欄などをご覧になる読者諸賢は、平均よりはかなり本好きな方だろう。そして本好きといえば、(評者も含め)買ったはいいが未読の本が積み上がる積つん読どくがつきものだ。

『積読の流儀』中野善夫 著
『積読の流儀』
中野善夫 著
国書刊行会/3200円+税

さて評者は昨年出した拙著で積ん読を戒めた。本を買っただけで自己満足に陥るな、それを買ったときの希望を忘れるな、少しでも読んでそこから効用を得ろ、少なくともそうしようという気概くらいは持て、と。無論、かなり自戒の意味も込めてのことだ。

だが本書の著者はそういう態度をせせら笑う。そんな世知辛い目先の損得に血道を上げてどうしますか、と。彼はもっと鷹揚な態度を見せる。「本を買え、天に届くまで積み上げろ」。背表紙を読むだけでも読んだうちに入る。焦って読む必要なんかない。40年後に読むことだってあるんだし、本との関わりだって読むだけじゃないのだから。

一理ある……とはいえ、この著者には40年後はおそらくないが。そして本書は、まさにそうしたさまざまな本との関わりを超然と描き出す。変わった本の入手、その一節からの夢想、本と友情の葛藤(というか葛藤なしに著者は本を選ぶ)、やがては本を離れて混合水栓やパン焼き談議、果ては金魚に虐げられる変な小説へと脱線。そのすべてが、人を食ったような超然とした書きぶりで淡々と綴られる。

それがどうした、と言われるとちょっと困ってしまう。通常ならこの書評欄は、その本がいかに重要であるか、時事的な課題の理解がどれほど進むか、ビジネス的な判断にどんなふうに貢献するか、といった話をする。本書には、そうした能書きや効能はまったくない。これを読んだところで、何も仕事に役立つことはないだろう(たぶん)。蒙もうが啓ひらかれることも、ほとんどあるまい。奇矯ききょうな本好きの、奇矯な本などをめぐる、奇矯な話がひたすら続くだけ。だが、それがいい。

実は著者とは昔、接点があった。当時の彼は物理的な書籍フェティッシュだったように記憶している。本書にもその片鱗は見られる。だが一方で本書では、本の電子化に対する積極的でマニアックな取り組みもいろいろ描かれる。そしてもちろん、読まなきゃ、と強迫観念に囚われる必要はないけれど、でも読んでいけないこともないのだ。

というわけで、読者のみなさまも、こんな気負いのないエッセイ集でも読んで、肩の力を抜いてみてはいかがだろう。役に立たないことにも手間暇かけられるのが豊かさだし、それは読書や積ん読でも同じ。

ちなみに本書は電子版もあるが、紙版にしかない遊びもある。みなさまも忙しい日常を離れ、金魚のパラパラまんがで遊びつつ、何の欲得勘定もない、のんびりした読書の楽しみを味わってみてはいかがだろう。

山形浩生(やまがた・ひろお)
評論家、翻訳家●1964年、東京都生まれ。東京大学大学院工学系研究科都市工学科修士課程およびマサチューセッツ工科大学(MIT)大学院修士課程修了。著書に『翻訳者の全技術』(星海社新書)、訳書にオーウェル『一九八四』(講談社)、『ヒップホップ経営学』(DU BOOKS)など多数。

※本稿は、雑誌『プレジデント』(2026年10月30日号)の一部を再編集したものです。

(イラストレーション=保光敏将)

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