オキシトシンは、自然に分泌させることも可能です。たとえば母親が赤ちゃんに授乳しているときは、オキシトシンが無条件に出ています。また子どもが好きな人は子どもと接しているときに出るし、ペットや縫いぐるみを見て出ることもあります。つまり自分が母性本能をくすぐるかわいい系のキャラクターになれば、相手の脳の中でオキシトシンが出て、信用されやすくなる可能性があるのです。
まわりから信頼されるために、非の打ちどころのない完璧なキャラを演じようとしている人がいるかもしれませんが、オキシトシンの分泌を考えると逆効果かもしれません。むしろ、どこか抜けていて憎めないキャラを演出したほうが信用されやすいと思います。
ちなみにオキシトシンはセックスでもよく分泌されます。セックスするとお互いに理解が深まるように感じるのは、愛し合っているからでなく、オキシトシンの奴隷になっているだけ。非常にケミカルな話ですが、それが現実です。もちろん信用を得るためにビジネス関係者と性行為をするのは、社会的に不適切です。現実には、配偶者や恋人から不信を買っているときの打開策として使える程度でしょう。
オキシトシン以外でいうと、温度を上手に使うアプローチはどうでしょうか。コロラド大学のウィリアム博士らは、エレベーターの中で、「メモを取りたいので、コーヒーをちょっと持ってて」と相手に飲み物を持たせる実験をしました。実験終了後に依頼者の印象について尋ねると、アイスコーヒーよりホットコーヒーを持たせた被験者のほうが、「穏和で親近感があった」と高評価を得ました。じつに単純ですが、温かい飲み物を手渡すと、人柄まで温かく見えて信頼性が増すのです。
動物にとって「冷たい」「寒い」は生命の危機につながります。逆に温かいものを提供されると、脳は相手を危機から救ってくれた救世主として認識し、警戒を解くのでしょう。そう考えると、お客さんには冷たい飲み物より熱いコーヒーやお茶を出したほうがいい。また同僚や部下に温かい缶コーヒーの差し入れをするのも、信頼されるのに一役買いそうです。
脳のメカニズムは複雑ですが、オキシトシンといい、コーヒーといい、反応は案外、単純です。ぜひ参考にしてください。
池谷裕二
1970年、静岡県生まれ。2012年に神経細胞のシナプス形成の仕組みを突き止めた。著書に『脳には妙なクセがある』(扶桑社新書)など。