「農家が苦しい」は本当か
さらにNHKはこの番組で、生産性の向上と需要の拡大という政府の2つの戦略は、「今回の米価の高騰で課題が浮き彫りになった」と指摘。新しい耕作機械を導入した農家が、ローンの返済や燃料代の高騰で経営を圧迫され、大規模化をためらう様子が紹介された。
こうした個別農家の事情と、米価下落が農家全体の経営に与える影響は分けて考える必要がある。下落幅だけでなく、高騰前に比べて農家の手取り価格と生産費がそれぞれどれだけ変わったかを見るべきだ。
2023年産米までは、玄米60㎏あたりの相対取引価格はおおむね1万5000円(農家が受け取る概算金は1万2000円)前後で推移してきた。これを超える年は19年中8年しかなかった。これが24年産米では2万5000円(概算金は1万9000円)、25年産米では3万6000円(同2万8000円)となり、バブル米価といえる水準だった。農家が受け取る概算金が2万8000円から3~4割下落しても、1万6800~1万9600円で、2023年産の1万2000円を約4~6割上回る。
生産コストが5年前より1.5倍になっていると報道していたが、裏づけるデータはあるのだろうか? 農水省のコメ生産費調査で、この数年で最も低い21年産1万4758円と最も高い23年産1万5948円の差は8%だ。仮に通常年に比べ生産費が1.5倍になっていたとしても、販売数量が変わらず、もともと黒字であれば、販売価格と生産費がともに1.5倍になると、利益額も1.5倍になる計算だ。農家は困らないどころか豊かになっているのではないだろうか?
さらに、価格が安定しないと長期的な経営の見通しを立てにくく、離農が増えるという農家の声も紹介された。しかし、日本のコメ価格は政府の関与のおかげで長期的には極めて安定しているし、価格の低下に対しては収入保険制度が政府によって用意されている。アメリカの小麦やトウモロコシなどの穀物農家は、変動の激しいシカゴ相場の下で毎年経営している。インドやベトナムの小さなコメ農家が直面するコメ相場もシカゴ相場に劣らず変動する。張本勲氏なら“喝!”と言ったのではなかろうか。
日本のコメの輸出量が増えない理由
鈴木農水相が、輸出用などの需要を作っていく必要があると主張しているのに対し、高い価格の主食用に生産が流れ、コメの輸出業者の倉庫はガラガラとなっていることが紹介された。
「せっかく海外の販路を開拓したのに、今年の輸出量は200トンから47トンに下がる」というコメ輸出業者の声が紹介された。これが「国内の主食用価格の高騰による」という説明は極めて妥当だった。
鈴木農水相の回答は、「主食用は40万トン過剰で輸出用は4万トン不足している」ことを認めたうえで、「生産者・産地の対応が必要だ」というものだった。産地の対応とは何だろうか? 現状では「輸出量を7.2倍にするという農水省の目標は実現できない大風呂敷だ」と、コメの輸出業者は批判していた。
こう書くとまるで「主食用米」と「輸出用米」で別品種を作っているようだが、実際には全く同じコメである。両者の違いは、あらかじめ海外向けとして国内市場から隔離する「制度上の区分(帳簿上の違い)」にすぎない。
日本の高いコメを安い国際価格で輸出するためには、農家に補助金を交付して価格差を補填する必要がある。ここで使われている制度が、先ほど紹介した「水田活用の直接支払交付金」である。「主食用のコメ」を、「輸出用のコメ」に転作したとして、補助金を払っているのだ。まったく同じコメを転作作物と扱うところが理解しにくいが、要は、国内供給と切り離すことで、コメ価格を高く維持するために設けられた制度である。
さて、このような制度があっても、今年のように主食用米の価格がバブル化して異常に高騰すると、農家からすれば、いくら補助金をもらっても輸出用に回すより、国内の主食用として売った方が圧倒的に儲かってしまう。農家が経済合理性に従って主食用へ生産をシフトするのは当然であり、結果として輸出用米の契約が激減し、輸出業者の倉庫がガラガラになるという事態を招いているのだ。
まっとうな対策は、減反を廃止して、主食用も輸出用も加工用も大胆に価格を下げることだ。世界に冠たる日本米の価格が下がれば、世界の消費者はこぞって日本産を欲しがるだろう。日本の20倍にあたる1億5000万トンの中国市場(すでに4割がジャポニカ米に転換)、寿司をはじめとする日本食ブームに沸くアメリカ、ヨーロッパ、カナダなどの先進国市場やタイ、マレーシアなどの中進国市場。需要は勝手についてくる。

