最後のピースは習近平の「確信」
習近平の周囲から専門家が消える。軍人が最高指導者の意向を忖度する。悪い情報が上がらなくなる。「できません」と言う人間が排除される。やがて最高指導者のもとには、「できます」という報告だけが届くようになる。
冒頭で張又侠の失脚に紙幅を割いたのは、そのためだ。失われたのは一人の有能な軍人ではない。「勝てないから戦争をしない」という合理的な抑制装置そのものである。
したがって、中国軍の粛清を「優秀な将軍がいなくなったから戦争はできない」と楽観的に解釈すべきではない。「戦争を止めることのできる人間がいなくなったのではないか」と読むべきなのだ。
われわれが予測すべきは、中国が台湾侵攻に成功できるかどうかではない。習近平自身が「成功できる」と信じるかどうかである。
窓は、条件が重なったときに開く
2027年という台湾有事の窓は、カレンダーの上に突然開くのではない。中国の国家総動員体制、核戦力、人民解放軍内部の権力構造、そして米国の軍事的消耗。これらの条件が重なったときに開く。
そして2026年秋の現在、その窓は確実に以前より大きくなっている。
だが、われわれに問われているのは、その窓が開くかどうかを言い当てることではない。開いたとしても踏み込ませないだけの条件を、こちら側でどれだけ積み上げられるかである。日本は残された貴重な時間を自発的、自立的に使わなければならない。その為にはまず、この開きつつある窓の存在をしっかりと認識することである。もはや残された時間は少ない。
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