中国にとって「侵攻可能な条件」とは

ここで「2027年」の意味を整理しておきたい。

CIAのウィリアム・バーンズ前長官は、習近平が人民解放軍に2027年までに台湾有事への準備を整えるよう指示していると認めたうえで、それは2027年に侵攻すると決断したことを意味しない、と明言している。その通りである。

問題は侵攻の予定日ではない。侵攻可能な条件が揃うかどうかである。

その条件を、2026年9月の時点で並べてみよう。中国側では、国家総動員法制が整い、人的移動の管理が強化され、米本土への海中発射型核報復能力が実演され、習近平に軍事的異論を述べ得る重鎮が次々と消えた。米国側では、台湾有事でこそ必要な弾薬がイラン戦争で大量に消耗し、西太平洋の前方展開空母までが中東に投入され、在庫の回復には数年を要する。

これらが同じ時期に重なったこと自体は、偶然かもしれない。しかし、条件が揃ってしまえば、それが偶然であったかどうかは何の慰めにもならないのである。

非合理的でも独裁者は命令を下す

ここで、必ず出てくる反論がある。

「経験豊富な将軍を次々に粛清して、どうやって台湾を侵攻するのか」

軍事組織として考えれば、その通りだ。有能な指揮官を排除し、指揮系統を混乱させれば、軍事作戦の遂行能力は低下する。粛清は台湾侵攻の準備とは逆方向ではないか、という議論には合理性がある。

同じことは作戦そのものについても言える。台湾海峡を渡る大規模な上陸作戦はきわめて難しい。人民解放軍には実戦経験が乏しい。軍内部では粛清が続き、指揮系統も乱れている。だから台湾侵攻は簡単ではない――すべて正しい。

だが、それは安心材料にはならない。

なぜなら、「侵攻が合理的ではない」ことと、「習近平が侵攻を命じない」ことは、まったく別の問題だからである。

独裁体制を分析するとき、相手が常に合理的な判断をすると前提するほど危険なことはない。歴史を振り返れば、独裁国家が誤算や過信、情報の遮断、指導者への迎合によって、破滅的な戦争に踏み出した例はいくつもある。そして、いま進行している軍の粛清が本当に恐ろしいのは、この点においてである。

実際、スターリンは1937~38年の大粛清で赤軍の高級将校を大量に排除し、その空席を埋めるため、経験の浅い将校を急速に昇進させた。その状態のまま1939年にはフィンランド侵攻を命じた。ソ連は最終的に領土割譲を勝ち取ったが、短期決着という目論見は外れ、赤軍は甚大な損害を被った。軍の粛清による戦力低下は、独裁者が戦争を思いとどまる保証にはならないのである。