小渕政権による「命がけの救済策」
需要不足の経済が外的ショックに襲われたとき、何が起きるのかを見るのに格好の「教材」がある。それは日本が複数回直面した「ショック」だ。
たとえば1997年、橋本龍太郎政権が消費税率を3%から5%へ引き上げたあと、日本経済は増税直後の5月から景気後退に入った。その年の後半には三洋証券、北海道拓殖銀行、山一證券が相次いで破綻して、金融危機が一気に表面化した。
翌1998年には日本は実質マイナス成長に転落し、日本発の世界恐慌が懸念されるほどの金融危機に見舞われた。これをなんとか抜け出したのは、続く小渕恵三内閣が、金融機関への公的資金注入と大型財政出動をおこなったからである。紙一重で日本経済は救われた。
小渕首相による文字どおりの「命がけの救済策」がなかったら、日本経済はどうなったかわからない。
緊縮財政が経済に大ダメージを与えた
消費税増税が不況の主因だったかどうかは意見が割れてはいるものの、当時は山一ショック、拓銀ショック、アジア通貨危機など一連の打撃を作ったきっかけの一つであったことは間違いない。橋本政権が当時、一時的な小康状態に過ぎなかったのに、「本格的な回復に入った」と評価して、消費税増税を断行したことが、小康状態を崩しデフレ不況を加速させたのである。
この事例は、「不適切なタイミングの緊縮財政」が経済に対して大きなダメージになるという教訓をもたらした。
同様に、2008年のリーマンショックでは、原油価格が1バレル147ドルまで高騰し、ガソリンも電気・ガスも食料品も上がったが、賃金は上がらない。値上がり分はそのまま家計の実質所得を削り、その年、個人消費は約17年ぶりにマイナスへ転じた。
エネルギー高が需要を冷やすという、需要不足経済に固有の現象である。
このとき、麻生太郎政権は、危機の初動で給付と財政出動に動いた。定額給付金、相次ぐ補正予算、雇用対策など、需要を「出す」方向に舵を切ったのである。このような一連の政策が外的ショックのクッションに役割を果たし、致命的な慢性化には至らなかった。
ここは、日本政府が正しい対応をした数少ない事例であり、中国が学ぶとしたらこの事例だろう。
