空爆だけでは意志を強制できない

1999年には、コソボ紛争に対するNATO軍の大規模空爆が実施されています。コソボ紛争は、ユーゴスラビア連邦内セルビア共和国の自治州だったコソボの独立を目指すアルバニア系住民と、それを認めないセルビア当局の争いから起きたものです。武力衝突の激化を止めるため、アメリカのクリントン大統領が「人道的介入」を掲げてNATO軍による空爆を行いました。

奥山真司『戦略論入門 自衛隊幹部学校 講義録』(中公新書ラクレ)
奥山真司『戦略論入門 自衛隊幹部学校 講義録』(中公新書ラクレ)

これによりセルビア共和国大統領のスロボダン・ミロシェビッチが降参して紛争が終わったと言われていますが、実際には空爆によってではなく、クリントン大統領が「NATOの地上軍を送るぞ」と脅したことや、ミロシェビッチ自身が国民を統率できなくなったと感じたことなどで降参したことが明らかになっています。空爆だけが決定的な要因となったわけではないのです。

コソボ空爆は戦後初めてドイツ軍がNATO域外に派遣され、軍事力行使に参加したオペレーションとしても知られています。また、コソボ空爆は国連安保理の了承を得ることなく行われたことから、国際法上、認められるものなのかについては疑問が呈されることになりました。

ミロシェビッチ大統領が降参したのち、セルビアにはNATO主体の国際安全保障部隊(KFOR)が展開しています。安全保障部隊による治安維持活動が主体であっても、やはり陸上に部隊が派遣されて初めて事態の安定がなるということなのでしょう。コソボ空爆の事例は、「空爆だけでは意志を強制できない」「その後の統治には陸上部隊の派遣が不可欠」であることを物語っています。

現在のエアパワーの理解

その後、エアパワーについてはどのような理解になったのでしょうか。制空権は現在(の、特に日本)では「航空優勢(Air Superiority)」と呼ばれるようになっています。これは完全に空を支配するのではなく、刻一刻と変わる状況の中で、自分たちが作戦を実行できる状況にあるかどうかを測るグラデーションのような概念を指します。

飛行機が戦場に登場した当初とは段違いのスピードで、戦闘機や偵察機が飛び交う中では、流動的な状況下で「現在ただいま」の情勢がわかる言葉の方が、現実に即しているのでしょう。