面白い洞察は「手の平に落ちた雪」のように儚い

【山口】分かります。自分で思いついた「とても面白い洞察」って、意外と儚くて、手の平に落ちた雪のように「フッ」と消えてしまいますからね。その悔しい感覚は私も人生で何度か味わっています。

【楠木】そこに至るまでに、やはりグダグダと考えている時間があるんです。それでも最後の最後はまさに周さんがおっしゃったように一瞬で出てくる。このダイブしているときに頭が最高速で回っている気がします。

【山口】その瞬間というのは知的生産の醍醐味と言えますよね。最終的に人様にお見せする知的成果物の核になるエッセンスを見つけたと感じ、「とんでもないことに気づいてしまった、これは人様にお伝えしなければ」という感覚です。本章の主題「変換=コンバージョン」の後には「出力=アウトプット」が来るわけですが、この感覚があるからこそ、長くて苦しい「出力=アウトプット」の工程を粘り切れる、というのもありますね。

「降りてきた!」の打率は良くて3割

【楠木】「降りてきた!」と興奮した着想でも、いったん客観的に眺めてみると意外と大したアイデアでないこともある。ベランダで締め出された時の話なのですが、家に入れてもらって慌ててメモにアイデアを書き留めました。文字にして目の前に置いてみると、「あれ、大したことないかな……?」。で、数日経って振り返ってみると、まるで面白くなかったりする。逆に、大したことないアイデアが時間がたつうちにどんどん面白くなってくるということはまずないですね。そもそも、めったに降りてこないのですが、降りてきた! と思ったアイデアの打率は3割もあればいいほうです。

【山口】僕の場合、お酒を飲んで思いついたアイデアというのは打率が低い気がします。酔っ払って思いついたことをノートに書いているんですが、たくさん「!」マークがついているのに、翌朝になって読み返してみるとまるで面白くなかったりする。アイデアや洞察の品質というのは、思いついた瞬間の興奮よりも、その後の寝かしている過程ではっきりするような気がします。何度、考え直してみても面白いし、そのアイデアでいろんなことが説明できることが後からだんだん分かってくるようなアイデアというのが良いアイデアです。

しかし、あらためて「知的生産の方法」として、そもそもの「あれ? ちょっと待てよ」という瞬間をどうやって呼び込むのか? ということを考えてみると、これはまったく方法論にならないような気がします。「あなたはなぜこういうアイデアを思いついたのか?」と聞かれても、「それは、ある時『フワッ』とやってくるのです」としか言いようがない。