「日本的経営」は常に「崩壊」している

【楠木】批判は最初に申し上げた意味での「理解」にも有効です。例えば、「日本的経営が崩壊しつつある」という議論があります。『逆・タイムマシン経営論』を書いているときに気づいたのですが、半世紀前の1976年の時点で『日経ビジネス』は「日本的経営を総点検する」という記事で早くも「日本的経営の崩壊」を取り上げています。

組織図をタップするビジネスパーソン
写真=iStock.com/RerF
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1960年代に日本経済は高度経済成長期を謳歌した。しかし、1973年のオイルショックによって日本的経営の根本を成り立たせてきた終身雇用などのシステムが崩壊しつつある――興味深いことに、過去の言説を振り返ると、この半世紀の間、「日本的経営」は常に「崩壊」ということになっています。既に半世紀近く崩壊し続け、現在でも「日本的経営」は着実に(?)崩壊を続けています。裏を返せば、50年かかっても崩壊しきっていない。どれだけ「日本的経営」は盤石なのかとすら思います。

なぜこんなヘンな話になるのか。そもそも「日本的経営」とは何かという理解のところで躓いているからです。終身雇用や年功序列といった雇用慣行をもって「日本的経営」と言う人がいます。それのどこが日本的なのかと聞くと、「日本人は狩猟民族ではなく農耕民族だから、それが日本の文化なんだよ」――あきらかに理解の不足です。

「終身雇用&年功序列」は論理的に破綻

【楠木】さらに過去へと遡ると、戦前の日本は終身雇用どころか、アメリカより労働市場の流動性が高いことが問題になっていました。当時の日本では「日本的経営はダメで、アメリカ企業に学ばなければならない」と言っていました。「日本人はちょっと給料が安いとすぐに他の会社に行ってしまう。アメリカに大企業ができるのは家族主義で経営しているからで、長期雇用だから技術が蓄積し、大企業が生まれ、製造業が花開いた。日本は金融資本(=当時の財閥)が強すぎて、何でも金融のロジックでやるから駄目だ」――今とはだいたい逆の話になっているのが面白い。100年も続かないものを「文化」とは言いません。

終身雇用と年功序列の組み合わせは、一度採用したら能力にかかわらず雇用し続け年次に応じてポストと給与を上げていかなければいけないという仕組みです。普通に考えれば、賃金や昇進というのは、その人の投入した労働の価値に対する対価です。年齢や勤続年数で決めるというのは、「ウルトラC」としか言いようがない。論理的には破綻しています。