つながるほど、その一点を握る者が強くなる
便利なものは広がる。加盟行は急速に増え、冷戦が終わると、かつての東側諸国も、新興国も、次々とこの網に接続していった。現在、SWIFTが結ぶのは200以上の国・地域、1万1500以上の金融機関。国際送金の多くで利用される、世界最大級の金融通信ネットワークとなった。
誰も、これを武器にしようとは考えていなかった。金融機関同士が送金に必要な情報を速く確実にやり取りするための通信基盤だった。世界中がそこにつながればつながるほど、便利になるはずだった。
つながるほど、その一点を握る者が強くなる。誰も気づいていなかった。
一方、この時代、クレジットカードもまた存在価値が大きく見直されつつあった。
インターネット上で初めて暗号化されたオンライン決済が行われたのは、1994年8月である。新興企業ネットマーケットが、ミュージシャンのスティングのCDを販売した。価格は12.48ドル。買い手はVISAカードで支払った。
この一件が示したものは大きい。ネット上では現金も小切手も使えない。カードだけが唯一の決済手段になる。
以降、次々と現れた黎明期のネット通販事業者は、例外なくカード決済を前提にサービスを設計した。1995年に開業したAmazonもそうだ。本の注文ボタンを押し、カード番号を入力する。それだけでいい。
物流はサプライチェーンが、情報はインターネットが支えた。国際送金ではSWIFTが銀行同士の通信を結び、消費者の支払いではVISAやMasterCardのネットワークが世界をつないだ。世界を一つにする配管が揃い、世界はますます便利で豊かになると思われていた。
「9.11」でアメリカが気づいた“要所の力”
インフラそのものが“国家を圧迫する手段になりうる”と人類が気づかされたのは、2001年9月11日以降のことだった。
アメリカ同時多発テロの発生から数週間後、財務省はSWIFTの米国拠点に行政召喚状を発行し、金融取引データへのアクセスを求めた。SWIFTはこれに応じた。テロ資金追跡プログラムと名付けられたこの措置は、一時的なはずだった。しかし恒久化する。一つの召喚状で数百万件のメッセージにアクセスできる体制が常態化した。
2006年6月23日、ニューヨーク・タイムズが秘密裏に行われていた監視を暴露した。ウォール・ストリート・ジャーナルとロサンゼルス・タイムズも同日に報じている。3日後、ブッシュ大統領は記者団の前で「このプログラムが暴露されたことは恥ずべきことだ」と語り、情報を漏らした者と、それを掲載した新聞の双方を非難した(PBS NewsHour「President Bush condemns media leak on banking records」)。
欧州議会は抗議し、2010年2月、いったんは協定を否決した。データの提供は止まった。だが、止まったのは5カ月だけだった。テロ対策の情報が途絶えれば困るのはヨーロッパも同じであり、アメリカはそこを突いた。監督条項を足した再交渉版が同年7月に可決され、8月に発効した。
アメリカは、ネットワークの要所にアクセスできれば、世界の資金移動を把握する強大な力を得られることに気づいた。さらに後には、特定国の金融機関をSWIFTから切り離すこと自体が、経済制裁の有力な手段となっていく。

