クレカ、メール、Amazon、ホテル・航空券の予約ができない
そもそも制裁対象になると、何が起きるのか。
米国内の資産が凍結され、米国人や米国企業との取引が禁じられるだけではない。VISAやMasterCardのクレジットカード、Microsoftのメール、Amazonの通販やクラウド、ホテルや航空券の予約など、米国の金融・デジタル基盤につながるサービスが使えなくなるおそれがある。
だが、これはアメリカに入国しなければ問題ない、ということを意味しない。
たとえば、2025年に制裁対象となったカナダ人裁判官キンバリー・プロスト。オランダのハーグに住み、アメリカ市民ではない。それでもUber(ウーバー)は呼べず、ホテルも予約できなくなった。そればかりか、Amazonで購入済みの電子書籍が端末から消え、Alexa(アレクサ)は声に応答しなくなったという(AP「Cut off by their banks and even iced out by Alexa, sanctioned ICC staffers remain resolute」)。
これらの企業が迷う理由はない。制裁対象者と取引を続ければ、自国の法に触れる。止めるのが最も安全だからだ。いまや、アメリカは軍事力を直接行使することなく、相手の経済活動を大きく制約できる金融制裁を外交手段として用いているのだ。
8月18日に制裁対象となったのは、赤根所長と、ICC上級法廷弁護士アブドゥライェ・セエの2人だ。根拠は2025年2月、トランプ大統領が署名した大統領令である。ICC関係者を制裁対象に指定しうる枠組みが先に作られ、その権限に基づく指定が1年半かけて積み上げられてきた。これまでに制裁対象となったICCの裁判官・検察官などは、赤根所長を含めて13人にのぼる(アジア刑政財団「国際刑事裁判所(ICC)への支持声明」)。
アメリカが冷戦後に仕込んできた“兵器”
そして、制裁は個人の生活にとどまらない。副検察官のマム・マンディアイェ・ニアンは、国連安全保障理事会への報告に出席できなくなった。ICCは安保理に付託された事案について報告する義務を負うが、その担当者が渡米できない。さらに、ニアンの妻は世界銀行に勤務しているが、本部のあるワシントンに行けなくなった。「制裁はあなたの家族全体に及ぶ」とニアンは語っている(Rappler「US sanctions on ICC did not impact Philippine probe – deputy prosecutor」)。
そして、影響はすでに赤根氏本人にも及んでいる。8月26日のインタビューで赤根氏は、制裁の全容はまだ分からないとしながらも、少なくともクレジットカードは使えなくなっていることを明らかにした。一方で「仕事には全く支障ない」とも述べている(TBS NEWS DIG「『次は私かなと』トランプ政権の制裁対象に… ICC赤根智子所長が語った本音すでにクレカは使えず『仕事には全く支障ない』」2026年8月26日)。
では、アメリカはなぜ、これほどの力を手にできたのか。
冷戦が終わり、世界はひとつの市場になった。旧共産圏が資本主義に組み込まれ、中国が世界の工場になり、インターネットが情報の壁を取り払った。国境を越えて物と金と情報が流れる。もう大規模な戦争は起きない。誰もがそう信じた。
サプライチェーンが地球を一周し、設計はアメリカ、部品は台湾と韓国、組み立ては中国、販売は世界中という分業が当たり前になった。
その一体化を、実務の水準で支えたものの一つが、国際送金のための金融通信インフラである。その中心にあったのがSWIFT(国際銀行間通信協会)だ。
SWIFTは1973年にベルギーで設立された、金融機関同士を結ぶ協同組合型の金融通信ネットワークである。銀行間で送金指図などのメッセージを共通の形式でやり取りするために作られた。SWIFTの設立以前、国際送金に必要な銀行間の連絡は、テレックスなどに大きく依存していた。銀行員が送金指図を送り、相手側がそれを処理するため、時間も手間もかかった。SWIFTは銀行間のメッセージを共通の電文フォーマットで標準化し、自動処理を容易にした。

