24時間を誰とどう過ごしているか
「アメリカ生活時間調査」は米国労働統計局が2003年から毎年実施している大規模な全国調査だ。目的は、有償労働や家事、誰かの世話、能動的・受動的な余暇、自分のケアなど、さまざまな活動に人々が自分の生活時間をどう配分しているのか調べることにある。
調査対象者が一日の過ごし方をリアルタイムで回答するため、平均的な一日にその人がどういう時間の使い方をして、誰と過ごしているかを可能な限り実態に近い状態で追えるのが、この調査の特徴だ。
2022年11月、この調査データ(※1)を見たぼくは、愕然とした。
データを見たタイミングもよかった。息子は当時6カ月。父親になって、ぼくの人生は大きく変わった。時間との関係が――さらに言うと、過ぎゆく時間への意識が――根本から変わって、無知であるがゆえにまるで意識していなかった状態から、その大切さを思い知って不安にかられるようになっていた。
親になると、週単位、月単位で子どもの成長を追うようになる。子どもの歳を週数や月数で言うことにも慣れて、それが当たり前になる。
親、きょうだい、旧友との残り時間は?
調査データは、失われゆく時間を強烈に意識させた――けっして後戻りできない瞬間の数々を。
このデータは、時間ははかなく消えていくという厳しい現実をぼくに突きつけてきた。1週間、1カ月と過ぎるたびに人生の1つの章が終わりに近づき、しかもその章がまた始まることは二度とない。
人生には、ある特定の人との関係がすべてになる時期がいくつもあり、それぞれの時期の長さは、あなたの想像や認識よりもはるかに短い。
きょうだいと過ごせる夏はあと1回だけかもしれないし、旧友と旅行できるのもあと2回かもしれないし、物知りの伯母さんと過ごせるのはあと数年かもしれないし、好きな同僚と会えるのはあと数回だけかもしれないし、親と長い散歩に出られるのもあと1回だけかもしれない。そういう貴重さやありがたみに気づかないでいると、あっという間にその時期は終わってしまう。
次に紹介する6つのグラフは、すべての人に見てもらいたいものだ。

