本能寺の変の「原因」とは
――では、本能寺の変はどうして起こったと思いますか?
光秀が本能寺の変を起こした動機には諸説ありますが、その原因について関心を持つ人はさほど多くありません。
では、原因とは何かですが、信長は相次ぐ勝利や強運によって自信過剰になり、失敗を失敗と思わず無反省になっていきました。その傍若無人な振る舞いは、家臣たちを震え上がらせ、光秀も次第に疑心暗鬼に陥っていったと思われます。
つまり現代の成功した起業家やワンマン経営者と同様、信長は「相次ぐ成功」→「自信過剰」→「自己肥大化」→「無反省」という負のスパイラルに陥っていったのです。その結果、膨らみすぎた風船が弾けるように、本能寺の変が勃発したのです。
信長の末路を予言していた僧侶の言葉
――信長は光秀の謀反を予想できなかったのでしょうか?
全く予想していなかったと思います。そうでなかったら、これほど隙を見せることはありません。現に信長は、襲われたと知った時、「敵は誰だ」と問うています。洛中は絶対安全圏だと思っていたので、襲ってくる敵などいないと思い込んでいたのです。
――そうした信長の最期を見抜いていた人物はいなかったのですか?
多くの人が見抜いていたかもしれませんが、予言が記録に残った人としては、他家の家臣に一人いました。
それが毛利家の外交僧・安国寺恵瓊です。彼は信長の高慢な性格がたどる末路を知っており、「高転びにあおのけに転ばれ候と見え申し候」、つまり「(いつか)真っ逆さまに、仰向けにひっくり返ることでしょう」と言ったわけです。そしてこの予言は、本能寺の変で現実になるのです。
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