秀吉には弟・秀長と千利休がいた

しかも適任の佐久間信盛をさほど重用せず、挙句に追放してしまったので、ますます不満や疑心暗鬼が蓄積されていきました。

さらに信長には共感という機能が欠けているので、家臣や傘下国人たちに優しい言葉をかけられません。これでは「裏切って下さい」と言わんばかりです。

天下を取った後の秀吉も信長のような独裁者になりますが、弟の秀長と茶頭の千利休にガス抜き役を任せたので、大名たちが不平不満を募らせることはありませんでした。ただし二人の死後、それを家康にやらせたことで、豊臣政権は短命で終わるのです。

狩野光信『豊臣秀吉像』
狩野光信『豊臣秀吉像』(画像=大阪市立美術館/CC-PD-Mark/ Wikimedia Commons

どんな企業にもガス抜き役の番頭的立場の人が必要です。賢いベンチャー企業の経営者は若い仲間だけで文化祭的なノリで経営しつつも、銀行などを定年退職したシニアを財務担当役員として仲間入りさせ、うまく信用を高めています。ですから答えとしては、「ガス抜き役を置かなかったから」となります。

他責思考のままでは出世できない

――相次ぐ裏切りは、組織だけでなく信長の性格にも問題があったのでしょうか?

信長は唯我独尊で、何事も他責にする傾向がありました。つまり裏切られると、自分ではなく相手が悪いと思い、自分を顧みることがなかったのです。それゆえ裏切りから何も学べず、別の者から同じ仕打ちを繰り返されるのです。

信長の問題は、何事も自責で考えずに自己正当化し、裏切られたことへの反省がなかった点に尽きます。すなわち学習能力に欠けていたのです。

会社でも何か問題があると、自責で考えようとせず、他責にする人がいます。また常に自己正当化し、言い訳ばかりする人もいます。こうした人は改善が見られないので、人間的に成長がなく、出世も頭打ちになります。

誰にでもプライドはあります。しかしそのプライドを大切にしすぎて、自分の成長を自分で阻害し、社内で出世できず、「引かれ者の小唄」を歌う人の姿を、私は幾度となく見てきました。