19浪の末に手に入れたもの
もっとも、山田さん自身は、学歴を人生の物差しにしているわけではありません。大学の同級生たちは、山田さんより19歳ほど年下。卒業後は名の知れた企業へ次々と就職していきましたが、それを羨んだことは一度もないといいます。
「行き当たりばったりの人生で、フーテンの寅さんみたいな生き方だと人に言われることもあります。事実、51歳のときには勤めていた塾を辞め、1年間のカナダ留学に出ています。行き当たりばったりは、還暦を迎えたいまも変わりません。若いうちに大学へ行って、結婚して、子どももいる友人はたくさんいますが、羨ましいと思ったことは一切ないんです。私はいま幸せですし、何をもって幸せの基準にするかは、人それぞれですから」
東大の名前への強いこだわりと、学歴が幸せを決めるわけではないという感覚。一見矛盾する二つが、山田さんの中には同居しています。その点を尋ねると、山田さんはあっさりと認めました。
「私自身も、そこは矛盾しているなと思います。ただ、東大は私自身のこだわりだったんです」
「東大生」と名乗りたいという憧れは憧れとして持ち続け、幸せはそれとは別の物差しで測る。多くの人がひとつに混ぜてしまうこの二つを、山田さんは19年のあいだに切り分けていました。
ミーハーな憧れから始まった浪人生活の果てに残ったのは、他人の物差しに揺らがない、自分だけの基準でした。東大という名前は、いまも山田さんの中で憧れのまま生きています。ただ、その名前で自分の人生を採点することを、山田さんはとうにやめていたのです。


