母は中卒、兄姉は高卒、それでも東大

山田さんは、母・兄・姉という家族構成のなかで生まれた末っ子でした。姉は15歳、兄は13歳、それぞれ年が離れています。兄と姉の父親と、山田さんの父親は別人で、母は兄と姉の父親とは離婚し、その後、山田さんの父親と再婚していました。

「母は気丈な性格で、僕に『帰ってきてほしい』と言うことはありませんでした。たまに鹿児島に帰ることもありましたが、東京で一人暮らしができていたこともあり、そこに甘えていましたね。母は私にあまり弱みを見せたくない部分があったのだと思います」

85歳になるまで働き続けた山田さんの母親。彼女の存在のおかげで、山田さんは浪人生活を続けられたと語ります。

山田さんの家庭では、学歴への強いこだわりがあったわけではありません。母は中学卒業、兄と姉は高校卒業。それでも山田さんだけが、東京大学を目指し続けました。

「東大生と名乗りたかっただけ」

しかしなぜ、山田さんは東京大学を志望したのでしょうか。旧帝国大学を志望するのであれば、京都大学や大阪大学を志望する人も多いなかで、山田さんが目指したのは東大一択でした。

「東大を目指すようになったきっかけと呼べるようなものは特にありませんが、一番は名前です。『僕は東大生です』と、名乗りたかっただけですね。鹿児島に生まれて、分かりやすくいい大学というと、まず九州大学が思い浮かびます。でも私は、そこまでこだわりがありませんでした。ミーハーだったんです。東大の肩書だけが欲しかったんです」

東京大学の赤門
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私立大学は学費が出せないという家庭の事情もあり、山田さんが受けられたのは国公立大学のみ。19年間、アルバイトで生計を立てながらの受験生活でした。

「家庭の事情があるなら少しでも早く稼がなければ、と普通は思うはずですが。浪人を続けられたのは、なんとしてもいい大学に行きたいというモチベーションがあったからでした。浪人してから学力もそんなに伸びていないにもかかわらず、浪人した以上はそこそこ名のある大学に行きたいという見栄がありました」

筆者にも、高校時代のいじめをきっかけに「学歴さえあればいじめた人間を見返せる」と信じ、9年間受験勉強に打ち込んだ経験があります。同じ多浪でも、私の動機は「見返したい」という感情、山田さんの動機は「名乗りたい」という憧れでした。私も、山田さんも、動機は合理的ではなかったのですが、だからこそ長い歳月を勉強に費やせるのかもしれません。