浪人は、続けるより終わらせるほうが難しい
19年間、山田さんを縛り続けてきたのは、東京大学という名前そのものでした。だが最後にその足を止めたのは、母親の存在であり、九州大学でした。
19浪という長い時間のなかで山田さんが証明したのは、合格する力ではなく、やめる決断ができる力だったのかもしれません。浪人は、続けることよりも終わらせることのほうが難しいのです。
2004年、山田さんは38歳で大学1年生になりました。周囲はほとんどが未成年の中、九州大学の男子寮に入り、1年生から4年生まで過ごしました。
38歳の新入生が入ることは、寮内ですでに噂になっていたといいます。
「最上級生から挨拶をされたりして、すごく気を遣っていただきました。自分より年下の人に気を遣わせてしまうのが申し訳なかったですけど、よくしてくださったので、居心地はすごく良かったです」
入学前には不安もありましたが、「予想していたほどではなかった」と振り返ります。
本当は「東大生です」と言いたかった
こうして山田さんは、38歳にして「九大生」と名乗れる身分を手に入れました。では、19年間追い求めた「東大生」と名乗りたい気持ちには、区切りがついたのでしょうか。
「本当は『東大生です』と言いたかったんです。その気持ちはやっぱりありました。ただ、周りの人は私を九大生として見てくれます。『九大なんだ、すごいですね』と言われることもあって、それは自分の虚栄心を少し満たしてくれたかなと思います」
大学の名前が持つ力を、山田さんは思わぬ場面で実感したこともあります。地元・鹿児島でのことです。
「近所に、私のことを変なおじさんだと思って見ていた方がいたんです。その方が、私が過去にインタビューを受けた記事をたまたま読んで、九大を出ていると知った途端、急に態度が変わりました。田舎では特に、そういうところが評価の基準になりやすいのかもしれません」
回覧板を持ってくる近所の人の目の色さえ変えてしまう。19年かけて手に入れた学歴は、山田さんが自分から名乗らずとも、確かに効力を持っていました。

