Answer

保守気取りの政治家は、両陛下や皇族の「人としての幸せ」を考えているか?

今回の皇室典範改正で一番ダメなところは、皇位継承問題という本丸――すなわち核心的問題点から逃げて、「皇族数をどう確保するか」という周辺的問題点の議論に終始したことです。一番難しい皇位継承問題そのものには踏み込まず、その解決は次世代に先送りしたのです。立法府として本当に不甲斐ない。加えて、自由民主党と日本維新の会は不敬極まりない。というのも抽象的で形而上的な「男系男子絶対主義」に陥り、生身の人間でいらっしゃる天皇陛下をはじめとする皇室の方々への敬意や気遣いがまるで見られないんですから。

彼らの主張を見ていくと、その拠りどころはまず日本創世神話、いわゆる国産み物語です。天照大神から神武天皇、そして今上陛下へと続く男系男子継承説、要するに「万世一系」の物語を根拠としています。

でも、世界中の神話や伝承と同様に、『古事記』や『日本書紀』の記述にはフィクションも含まれています。だからダメだ、なんていうつもりは全くありません。自分たちの国の創造の物語は、国の伝統文化や美意識をも形作る大切なもの。大いに敬い、大切にするべきだと思っています。

ただそうすると、一方で「二千数百年も前からの物語のために、21世紀に生きる生身の人間がどこまで犠牲になっていいのか」という問題、形而下の核心的問題点に突き当たります。ところが彼らの主張には、これについての深い思考は一切感じられないのです。

天皇・皇后両陛下や上皇・上皇后両陛下、皇族の方々の個別具体的な幸せや人生が、「万世一系」の物語のためにないがしろにされていいはずはありません。だって、両陛下や悠仁さま、愛子さまも僕らと同じ人間なんですから。

天皇・皇后両陛下と愛子さま
国会を揺らした皇室典範改正の大騒ぎ。両陛下や愛子さまなど皇室の方々の個別具体的な幸せを考慮しないでいいのか、と橋下氏は疑問を投げかける。

改正賛成派の国会議員たちの主張を聞いていて何よりも薄ら寒く感じるのは、まるでトキみたいな絶滅危惧種の存続問題を語っているかのようだから。「血筋」を守るためなら何でもする。皇族の方々を一人の人間としてではなく、「男系男子制度を維持するための存在」としてしか見ていないのではないか――、そんな気がするのです。

天皇陛下が先日の記者会見で、皇室の基本は「国民と苦楽を共にすること」と語られた意味を、とりわけ自民や維新の面々はもっと重く受け止めるべきでしょう。昭和天皇による戦後の人間宣言以来、天皇の役割は現人神あらひとがみとされた戦中までの時代とは大きく変わりました。東日本大震災が起きたとき、現在の上皇陛下が国民に向けてテレビ演説をされ、また東北地方の被災地へ足を運ばれ、上皇后陛下と共に被災者を慰問されたことを覚えている方は多いと思います。

戦前の天皇中心の国家体制の中で多くの国民が大犠牲になったことを踏まえ、戦後まもなくの昭和天皇の全国巡幸から始まり、上皇陛下も今上陛下も、こうした形で「国民と苦楽を共にする」努力をされ、結果として国民との信頼関係が築かれてきたことを忘れるべきではありません。形而上の万世一系の天皇の物語も重要かもしれませんが、それに加えて、形而下の具体的な国民からの信頼こそが象徴天皇制を支える根幹なのです。

にもかかわらず、今の国会議員たちは、そうした形而下の天皇陛下や皇族方のご精励に思いを馳せることもなく、「男系男子」の血筋こそが大事だと叫んでいる。考えてみれば、これほど不敬なことがあるでしょうか。戦前だったら不敬罪で逮捕ですよ。

一般社会ならありえないハラスメントを皇族に……

さらに身の毛がよだつのは、21世紀においてなお、天皇家に嫁ぐ女性は「男子の世継ぎを絶対に産まなければならない」という時代錯誤の強烈なプレッシャーにさらされる、ということです。皇后陛下がそうでしたし、将来、悠仁さまが天皇に即位されるなら、そのお妃となる女性も同じ重圧にさらされます。

こんな一般社会ではありえないハラスメントを、今回の典範改正によって国会議員たちは皇室の方々に平気でやらかそうとしている。男系男子の物語を守るためにそれは仕方がない、そのことによって俺たち、私たちが日本の国柄を守っているんだ――と、保守気取りに酔いしれている。

皇室への養子案もそうです。案自体には僕も賛成です。天皇陛下や皇族と一般国民の間にある自由の差はできる限りなくしていくべきだというのが僕の持論で、一般国民に認められている養子制度を皇室に認めることにも基本的には賛成です。ただ、自由意思に基づく養子縁組であることが絶対的な条件。ここでもまた、形而上的な男系男子の物語を守るために、どこまで形而下の生身の人間である皇族の自由を犠牲にするか、という視点が必要なのです。

改正案でいう「養子」は、旧宮家といっても一般国民として暮らしてきた生身の人間です。皇族になれば人生は一変します。一般国民と皇族とでは法的な権利・義務が異なるからで、例えば皇族は職業選択や居住、結婚の自由が制限されます。皇室へ養子に入る人は、そのことを承知したうえで縁組をする必要があります。となると、一般国民の養子縁組よりも厳格に考え、成年である18歳以上という条件をつけるのが妥当です。でも、今度の改正では「15歳以上」となっています。それどころか、維新の示した案ではその年齢制限すら取り払おうというのです。

維新案ではどうなるか。旧宮家という民間に生まれた赤ちゃんが、万世一系の天皇の物語を守るために勝手に「皇室入り」を決められてしまうかもしれないのです。そのグロテスクさに、維新の国会議員たちはなぜ気付かないのか。こういう政治家たちが、形而上的な国体なるものを守るため、形而下の生身の人間の命を大犠牲にしていくのでしょう。

最後に、女性皇族が結婚後も皇族に残る案についてですが、この案自体には僕も賛成でした。ただそれは、単に公務を担う皇族数の確保ということではなく、その女性皇族が将来、本当の自由意思で男系男子の方と婚姻され、そのお相手が皇位継承資格者になる可能性を期待してのことでした。僕の「女性宮家論」はここが軸です。男系男子ではない宮家のお子様方が、皇位継承資格を持つことを期待しているわけではありません。

ですから、配偶者や子供に皇族身分を与えないという案には大反対。皇族にならないということは、男系男子との婚姻による皇位継承資格者の拡大につながらないからです。

皇族でなければ政治もビジネスも自由

ところで、典範改正賛成派の国会議員たちは「夫や子まで皇族になると、女系天皇につながるリスクがある」と主張しますが、そんなこと以前に、もっと考えるべきことがあるでしょう。皇族と一般国民の家族とはいったいどんな家族でしょうか? 男系男子絶対主義者たちは、日頃は「夫婦別姓になると家族が壊れる」と息巻いているのに、皇室の方々に対しては、ギョッとするほどグロテスクな家族像を平然と押し付けようとするんです。

だいたい夫や子供が一般国民のままということは、権利の制限ができないということ。女性皇族の夫や子供たちは政治やビジネスに関しては完全に自由なんです。そちらのほうのリスクについては、典範改正賛成派は何も考えていない。形而上の男系男子物語しか頭になく、形而下の具体的リスクは考えない。

今、王制を敷く西欧各国では「長子相続主義」の流れが出てきており、今後は「女王の時代になる」とも言われています。一方、男系男子にこだわったのは中国。しかもそれを守るために側室とか宦官とか、今見たらそら恐ろしいような仕組みによって守られてきたのが男系男子。それを賛成派は宝だとしか見ていない。そして日本の象徴の柱にしようとする。男系男子絶対派が普段は中国に文句ばっかり言っているのも笑ってしまいます。

とはいえ僕は男系男子の物語を一気に変えるのは不可能だと思う。だからその形而上の物語と、形而下の生身の人間でいらっしゃる皇室の方々の人生のことも考えながら、その間を探り、少なくても男系女子までは認めるべきというのが持論です。あとは順位の問題。男系男子を優先にして男系女子も認める。ここが着地点だと考えます。

今回のようなグロテスクな典範改正は今後、受け入れられなくなるでしょう。皇位継承資格者の広がりもなく、このまま静かに皇室はなくなってしまうのではないかとも危惧してしまいます。

保守を自称する人たちは中国・韓国の声など気にせずに総理は靖国参拝すればいいと叫びます。ですが、結局は参拝できず、ほったらかし。総理も天皇も行かない靖国神社の存在は、将来世代の若者の認識から消えていくでしょう。何かあるたびに天皇陛下へのリスペクトを公に示す保守派。しかし形而下の天皇家や皇族の方々へのリスペクトは皆無。こういうファッション保守派たちが確実に日本を滅ぼしていくのだと思います。

※この連載は毎月後半発売号に掲載します。

(構成=三浦愛美 写真=時事通信フォト)
【関連記事】
なぜ皇室に1男2女をもたらした「良妻賢母」が嫌われるのか…紀子さまを攻撃する人たちの"本音"
地方衰退の一番の原因は「人口減少」ではない…山口の超富裕層が「住民税43億円」をまるっと抱えて移住した理由
元海自特殊部隊員が語る「中国が尖閣諸島に手を出せない理由」
だから習近平は台湾にも尖閣にも手を出せない…中国軍が最も恐れる海上自衛隊の「静かな反撃力」の正体
小泉進次郎氏でも、高市早苗氏でもない…いま自民党内で急浮上している「次の首相」有力候補の意外な名前