“刑務所でスカウト”された民間兵たち
「サムライ、こっちに来て一緒に遊ぼうぜ」
彼らはフランクに僕を呼び、さまざまな話を聞かせてくれた。
受刑者兵はもともと民間軍事会社「ワグネル」に所属していた。ウクライナ侵攻が始まった後、創設者のエフゲニー・プリゴジンが自ら刑務所を訪れ、受刑者をスカウトしたのだという。ワグネルは全盛期に約8万5000人の勢力を誇ったとされるが、半数近くが「受刑者兵」だったとも言われている。
プリゴジンは2023年6月に突如としてプーチン政権に反乱を起こすが失敗に終わり、2カ月後に乗っていた航空機が墜落して死亡した。その後、ワグネルの兵士たちはロシア国家親衛隊や国防省傘下の組織など各地の部隊に編入。ピャトナシュカ旅団にも多数の受刑者兵がいた。
「俺たちはワグネルの兵士だ。半年間戦闘すれば、釈放すると約束してくれたんだ」
ある受刑者兵はそう言っていた。絵に描いたように無茶苦茶な奴らだが、一度親密になるとファミリーのような扱いをしてくれる。
「サムライ、こっちを見てみろ。戦闘中にパクってきたアメリカのクレイモアだ。どうだ、スゲーだろ! これを繋いだら基地がぶっ飛ぶぞ。ヒャハハハハ」
予告なく始まった“入軍テスト”
クレイモアとは地雷のことで、ケースの中には「C4」という爆薬も入っていた。雷管も差し込んであるからコネクターを繋げば即爆発する。そんな物騒なモノを平気で部屋に隠し持っていたのだ。
彼らは監視役の兵士を脅し、やりたい放題だった。禁煙の部屋でタバコを吸い、酒を飲み、薬物まで楽しんでいた。
外国人義勇兵は民兵扱いのため、軍から支給されるのは最低限の物資だけ。ナイフなどの武器は町に出て自分で購入しなければならないが、僕は受刑者兵からあらゆる新品の物資を抱え切れないくらいプレゼントしてもらった。
元ワグネルの受刑者兵と友人になった日本人がいる……。そんな噂は基地中に広まり、基地に来てすぐに僕は一目置かれる存在になった。
ロシア軍の基地に来て最初に面食らったのは、ドネツクの気温だ。日本より緯度が高いから涼しいと思い込んでいたが、真夏のドネツクの最高気温は38度にまで上がった。
そんな猛暑のなか、僕の「入軍テスト」は予告なく始まった。
「トラックに積む迫撃砲弾を2t運んでくれ」
基地に到着した初日、いきなりこんな雑用を命じられた。見守り役なのか、隣には国防省の人間がつきっきりだ。1箱30kg以上ある迫撃砲弾が入った箱を次から次へとトラックに運んだ。

