職場の絶対的エースだった夫は50代に入り、昇進をきっかけにうつを発症。その後、生活習慣の悪さがたたり、脳梗塞を経て、若くして認知症になってしまう。2歳下の妻は、深夜徘徊や暴力行為をする夫に悩ませられながらも、在宅介護を継続。自身も持病がある中で、自己犠牲や献身性の精神を発揮できるのはなぜなのか。ノンフィクションライターの旦木瑞穂さんが取材した――。
最新のSMT生産ラインでPCBを組み立てる手袋をはめた技術者の手元
写真=iStock.com/Sergii Kolesnikov
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「シングル介護」とは、配偶者や親の介護をたった1人で担っているケースを指す。

2023年度の厚生労働省によると、家族・親族による高齢者虐待の相談・通報件数は4万1814件(同比1428件増)あまりとなり、過去最多を更新。2022年の国民生活基礎調査では、家族介護者は全国で約653.4万人(2021年時点)と推計され、主な介護者と要介護者との関係は、同居家族が45.9%、別居家族が11.8%(2022年時点)。同居家族の内訳は、配偶者が22.9%、子が20.7%、子の配偶者が7.5%となっている。

たった1人で介護を担う「シングル介護」は年々増加しており、介護時間の長期化や精神的・身体的負担の大きさが不安視されている。その当事者をめぐる状況は過酷だ。「一線を越えそうになる」という声もたびたび耳にしてきた。私の取材事例を通じて、社会に警鐘を鳴らしていきたい。

早朝に「ドーン」という大きな音

関西在住の大津綿菜さん(仮名・50代)の夫は、仕事の重責と激務から2017年3月にうつ病と診断され、仕事を休職し始めていた。

休職に入った夫は一日中何もせずにリビングのこたつに座り、ぼーっとしていた。同じ年の11月、朝6時半頃。「ドーン」という大きなものが床に倒れたような音がしたため、大津さんは飛び起きて見に行くと、夫がベランダに出る掃き出し窓の手前で、タバコを咥えたまま倒れていた。

おそるおそる大津さんが「おはよう」と声をかけると、

「ん……ん……ん……ん……」

と夫は声にならない声を絞り出す。

異変を感じ取った大津さんは、急いで救急車を呼んだ。

「びっくりしました。『義母より先に逝かないで! そんな親不孝はあかん!』と必死でした」

搬送先の病院で受けた診断は「脳梗塞」。幸い発見が早かったため、詰まった血栓を溶かすための薬剤を注入し、2〜3時間後に終わると、医師からこう告げられた。

「脳の言語を司るところからも、身体機能を司るところからも少しずれているので後遺症はないでしょう。ラッキーでしたね」

今後はタバコも酒もやめるように言われて帰宅し、しばらくはノンアルコールビールや、タバコ型の禁煙グッズなどに変更した夫だったが、いつの間にか元に戻ってしまっていた。それだけでなく「脳梗塞で薬を入れてうつが寛解したわ。霧が晴れたようだ」と急にアクティブになると、翌2018年2月に復職。

ところがわずか1カ月後、会社から帰宅した夫は「なんかまたあかんわ」としんどそうに言う。

「思えば復職した時に張り切りすぎたんだと思います。再発は重くなるということは聞いていましたが、その通りでした」

夫は再び休職に入り、大津さんの過酷な介護生活が約10年続くことになる。

会社の問題児は組み立て作業のエース

約30年前から、大津さんは部品調達、夫は組み立てと部署は違ったが、ふたりは同じ製造会社の同僚だった。いずれも高校卒業後に入社し、大津さんは異動しなかったが、夫は3回ほど異動し、最終異動先が同じになった縁だった。

「夫は連絡なしで仕事を休んだりする会社の問題児だったのですが、無断欠勤した時に、私がいろいろと世話を焼いたのが交際のきっかけです。入社から20年たった2009年の夏、私40歳、夫42歳で結婚しました」

夫は問題児だったが、組み立て作業をさせたら右に出るものはいないほどの腕前だった。

大津さんはもともと子どもができにくい体質だったため、不妊治療に挑んだ。一度妊娠したが流産してしまい、2人は落胆。仕事を続けながらの治療は負担が大きく、結局2年ほどで諦めた。